htr2003-07-09

渋谷ツタヤでのこと。いくら棚を探しても見当たらないと思ったら、マイケル・アンダーソン八十日間世界一周』(1956/米)のビデオは「キッズ・コメディ」コーナーにあったのだ。十九世紀末に発表されたジュール・ヴェルヌの原作をもとに、絵に描いたような英国紳士を気取るディヴィッド・ニーヴン(ピンク・パンサー)が召使カンティンフラス(本業はコメディアン)を引き連れて、イギリスからフランス、インド、香港、日本、アメリカ…と気球や船や汽車ときには牛車や象やダチョウに乗って、世界を一周する百六十分強。時間通りにきっちり動く主人と女好きで陽気な従者、エキゾチックなヒロイン登場、主人公を追う英国版銭形刑事の旅は、ひたすら愉快に暢気に世界をめぐる。各国のイメージをおのぼりさん的誇張で描いているのもまたおかしい。モンティ・パイソンに繋がるような巧みなジョークにてっきり英国映画かと思ったが実はアメリカ映画、自虐的なまでに米国人を浅ましく描くユーモアのゆとりはユナイト製作とあとから知ってなるほど納得。有名俳優たちのカメオ出演も多く(「カメオ出演」という言葉はこの映画のプロデューサーであるマイケル・トッドがはじめて言ったんですって)、仏国の旅行代理店ではシャルル・ボワイエが、米国シーンでは、マルレーネ・ディートリッヒが酒場で色仕掛けをし、フランク・シナトラがピアノを弾き、ジョージ・ラフトが酒を飲む。大陸横断鉄道の車掌はバスター・キートンという贅沢さ。ファンタジックな話かもしれないけれど、御者のシャックリが止まらない馬車に乗ってしまって約束の時間に遅れそうだとハラハラしたり、車窓や船甲板から見た夕陽のうつくしさにジンときたり、たとえそこが張りぼての書割だっとしても一緒に世界をまわっているような豊かな気持ちになれるのだ。この映画のラストシーンだけを先に観たことがあったのだけど、その一見シュールで唐突な終わり方に吃驚し(全部観たらそれが非常にドラマチックだったことにきづいた!)、そしてその後のエンディングロールの遊び心にひとめぼれしたのだった。ソウル・バスといえば『めまい』や『サイコ』のオープニングのシャープなイメージが強かったが、この『八十日間〜』では主人公たちが巡った国々をイラストで描きながらどこに誰が登場したかを思い出させる愉しい仕組みのイラストレーションを描いている。最後の最後まで手抜かりがない。余計なお世話かもしれないけれど、こういう映画をわたしたちはどこかに置き忘れているんじゃないかという気がしてならない。そう、誰も顧みないような「キッズ・コメディ」の棚の上の方にね。