小津安二郎とマリブミルクの一日。有楽町朝日ホールにて、生誕百周年記念の国際シンポジウム。第一部は蓮實重彦氏×山根貞彦氏×吉田喜重監督の座談会。座談形式ではなく、各自が三十分間話していた。松竹の現場で数年間を重ねた吉田監督が、『小早川家の秋』を「若者に媚びているシーンがあって小津さんらしくない」と批判した話など(そういや、「二号さん」の娘のハイカラお嬢さん役を演じた団令子さんも先日亡くなった)。その後、世界の評論家による小津トークが二時間半。女優の岡田茉莉子さんと、サイレントの松竹蒲田時代のスター井上雪子さんによる小津小父さんを偲ぶお話。岡田さんの父親は岡田時彦(初期小津映画に多く主演)で、一歳半の時に死に別れていたので、父親の姿をフィルムで観ることはできても声を聞いたことがなかったという。その声が会場に流れた。感動する岡田茉莉子の隣で、「元気なんですけど今日も転んじゃってー」と屈託無く喋る井上さんがすてきだった。その後、ペドロ・コスタホウ・シャオシェンマノエル・デ・オリヴェイラ(今日が誕生日!)、吉田喜重ら監督たちによるトークセッション。アッバス・キアロスタミは歯痛のため途中退場。

十二月十二日に生まれて、きっかり六十歳の誕生日の十月十二日に亡くなった小津安二郎は、末期の数日前、結婚が報じられた岡田茉莉子吉田喜重を病床に呼び寄せた。姪っ子のように可愛がった岡田にはあたたかい言葉を、一方で、若き後輩の吉田にはそれらしい忠告も励ましの言葉もかけず、ただひとつの意味深な台詞だけを遺した。
「映画はドラマだ。アクシデントではない」
文字面とおりに解釈すると失敗する。自己否定のようでありながら、単純に反語というわけでもない。その言葉が意味するところを四十年過ぎた今でも吉田喜重は考え続けている。


マリブミルクは新宿と西荻で合計四杯。今のわたしには甘い牛乳がとてもやさしい。ココナッツ風味に酔いながら、「やけっぱちの勇気」がどこかに落ちていないかと雨の五日市街道を歩いて吉祥寺まで帰った。冷たい雨に酔いが覚めると、やけっぱちの勢いなんてどこかに消えてしまった。いいやそもそもどこにもなかった。今日学んだことは、「人生は反復とズレ」だということ。そう、小津映画のように。わたしの生活はかつてのいつかと似た日日がゴロゴロ転がっていくばかりなのだ。そこにはなにひとつドラマはない。ドラマなんてありゃしませんよ。