力まかせに強力粉をこねて膨らませてオーブンで焼いたらパンができた。初体験もいつも通りのてけとーなやり口。出来あがったベーグル十五個を紙袋に入れて砧公園。花見という名の昼の宴会。女の子たちが作ったぼたもちやいなり寿司などを食べながら共同生活とカレー屋創業計画をもりあげる。肝心の桜は遠くに一本咲いているのが見えたくらいで正直どうでもよかった。夜になって枝木のあいだから月と星が顔を見せ、からだが冷えきったところで宴から抜ける。

川島雄三『洲崎パラダイス 赤信号』(1956/日活)。三橋達也新珠三千代が、だらしなくつながっていることこそが男と女の本質ヨと言わんばかりに不安定なバランスで町のなかを走りつづける。片方が離れていくともう片方が半狂乱で追いかける、その繰り返し。傍から見ればいいかげんに飽きて離れりゃいいのにそうもいかない、そこに濃い関係がある。いいや、不安定に見えて実のところ安定している間柄なのだ。だらしなくて甲斐性なしの男と強気で色気のある女。いいなあ、やっぱり夏の着物姿の新珠三千代の細いからだつきと魚顔がグッとくる。半襟なしで着ているところがまたアダっぽい。転がり込んだ呑み屋の狭い二階で三千代の耳を噛む三橋達也の甘い顔と囁き。新珠三千代三橋達也を求めて切羽詰って蕎麦屋にかけこむ、職業女バーサス純情娘の気まずい対面シーンで、ラジオをつけたら「かっわいいかっわいいさっかなやさんっ」と呑気な歌が流れるのがすばらしく感動した。蕎麦屋のあんちゃん役で小沢昭一がニヤニヤしながら賑やかすのがまた愉しい。轟夕起子河津清三郎なども脇を固める。湿度が高いのにべとつかない映画。だらしない男を相手にするには、女も相当だらしなくあらねばやっていけないということ、その覚悟があるなら先にからだに叩き込ませる必要がある。

夜半、新宿ゴールデン街ナマステにて不破さん川下さん関根さんのライヴ。満員なので立って聴く。休憩後ようやく座る。川下さんのサックスの目の前に顔を置いてみたら、ものすごく音の色が浮きあがってみえてきた。不破さんはアンプの上に座ってエレキベース演奏、右と左の靴下はやっぱり色が違っていた。そしてやっぱり今夜もかっこいい。持ってきた『首斬り朝』をお渡しする。夜の音楽とシンハービール二本ですっかり赤ら顔。高円寺ちゃんを相手に酔っ払いらしい仕草をする。そして諭される。ナマステはとても落ちつくすてきなお店で、ママさんもすてきで癖になりそう。酔いを引っ張って長らくウットリしていると、すべてが終わったあとにちゃんさん登場。「おう! 呑めない酒呑んじゃってっ」。しばし愉快なお喋りはつづく。午前五時、店を出たら新宿に朝が近づいていた。高尾行きの各駅停車に揺られて帰宅。吉祥寺に着いたときにはすでに朝がはじまっていた。その様子の美しいことといったら、このまま自転車でどこまでか走っていってしまいそうなくらいだった。末広通りの美容院前の桜、枝切りで去年より小ぶりになってしまったけれど、朝焼けのうすいブルーとオレンジの空を背景に白い花を咲かせているのを見たらなんだか急にじんときた。うっうっ言いながら自転車をこぎつづける。うつくしいような、それに近いような感情。あぶないなあ、もう既にしっかりしているつもりでいながら何かの拍子で箍が外れたらわたし洪水しちゃうかもね、と、先日みつけてしまったあのひとの頬のオデキを思い出しすこしだけ泣ける。

<備忘録>
中央線新宿行き最終電車は、平日土日休日とも、吉祥寺発十二時十七分(それ以降は中野止まり、中野から歌舞伎町までタクシー深夜料金約千七百円)。