新宿ピットインで見る久々の渋さ知らズ、地下の空間なのにたしかに空が見えたのだ! 十月に何かが起こる、という予言は大当たりだった。あやさんの唄声ののびやかさ、ベースラインを吹く高岡さんの軽やかかつ底力に満ちたチューバ、そして短くなった髪の毛もすてきな不破さんはすっかりご機嫌。「At Last I Am Free」ではじまった今夜、「犬姫」も「ナーダム」も「DA DA DA」もあれもこれも誰もみなすばらしかったけれど、ことのほか、きっと、新しく加わったピアニスト須賀さんの音楽がこれまたすばらしかったのだ。ドラムの磯部さんもね。

あらゆるところにたくさんのすてきな鍵盤の音楽がある。たとえば、ちゃんさんのピアノはからだそのもので、彼女が弾くピアノは彼女のもうひとつの喉となり強くてセンシティヴな唄声を出す。それから中島さんのキーボードは召還魔法のよう。突起がたくさんある軟体動物や、あるいは『バビル二世』のロデムのようなものを呼んできて自由にあそばせるような柔軟さがある。今夜の須賀さんのピアノには、またちがう驚きがあって、音楽的な物言いでならもっと別のことを表せるのかもしれないけど、そう賢くもないわたしに言えることは、ここにはない空を見せる拡がりがその鍵盤にはあるということ。想像してごらん、と言ったのは誰? でもイメージは不意にやってくるほうがその色合いは鮮明だ。薄暗い地下で大気圏に放り出されるかんじに驚かないはずがない。なんてすばらしい鍵盤の旅。今夜の渋さ知らズは不可能を通る旅一座になった。十月の予言は当たった。すべての出会いは幸福に通じる。あれもこれもどれもそれもすべて。乗り越し乗り継ぎ乗り換え行き先変更、今日からの旅路はきっとそんなセコイ話じゃない。地下室に宇宙を呼び込もうという魂胆なのだ。うかうかしてその様子を見逃すなんて間抜けな話。だから自作の酸素ボンベ持参で不可能行きのあの列車に飛び乗り、まずは窓側の座席を確保しようとおもう。


そう、時間とともに過ぎ去っていったあらゆる物事がわたしを形作るしあわせであるというまぎれもない事実。加速に加速を重ねたゆかいな夏はたくさんの出来事を道連れに南行きの飛行機に乗り込むと、沖縄の遺跡の天辺でパチーンとはじけて景色の色合いを秋へとかえた。立ち止まるな歩け歩けと手足をバタつかせているあいだに暦は十月。こうして出会いはきっとまた幸福を呼び込む。だから新しい季節よ、どうぞどうぞよろしく。