見事な『ティンゲル・グリム』

晴れた土曜の午後、西巣鴨の廃校となった中学校へ。実はお酒を呑んでゴキゲンに酔っ払っていた夜中に、お芝居を観にいこうよ、とお誘いがあった。それから朝になって家に帰り、ふとんで眠り、昼前には「ハイ、出発!」とたたき起こされ、そのまま寝ぼけまなこで家を出て、電車に揺られ、西巣鴨に着いてしまった。だからくわしいことは何も知らないまま、ここまでやってきたのだけど、看板を見て、うわっ、と声をあげてしまった。お芝居のタイトルは『ティンゲル・グリム〜眠れぬ森のおどけ奇譚〜』

だって、びっくりしたんだ。串田和美さんの演出に、宇野亜喜良さんの美術。このふたりを中心に、時々自動の朝比奈尚行(あさひ7オユキ)さん、遊◎機械/全自動シアターの高泉淳子さんが、俳優として出演しながらもそれぞれ音楽監督/台本をも担当。ええと、そもそもが、渋さ知らズパーカッショニスト関根真理さんが演奏するから観にいこう(と言いながらも、市川美和子ちゃんを見たかったにちがいない)とお誘いを受けたのだけど、真理さんはもちろんのこと、この舞台に関わっている顔ぶれの豪華なことといったら! ちなみに楽隊の大将は大熊ワタルさん。

会場は廃校になった中学校の体育館。バスケットボールの折りたたみ式のゴールが残ったままのところに大きなテントが張られ舞台が作られている。段々になった客席のいちばんてっぺんに座り、サーカスを待つようなこころ持ちでいると、いつの間にか手持ちのベルを鳴らしながら歩いてくる男がひとり、そしてそのうしろに毛皮の衣裳を着た俳優たちがぞろぞろぞろとテントの中に入ってきた。俳優たちは舞台上に上がり、自然な流れで物語を開いた。ここからの約二時間はあっという間だった。どこかで聴いたことのあるグリム童話をいくつか並行しながら展開していく。どれもハッピーで、残酷で、気もちが悪くて、やさしい、そんな童話ばかり。語り継がれてきた定番をこの舞台ならではのものに仕立てているのは、すこしずつ積み重ねられていく贅沢な構成と、スマートな物言いと、経験豊かな役者たちの成せるわざだ。串田さんや高泉さん、出てくる役者たちがみんな実に見事。しかしひとりだけ挙動がたどたどしい男性がいて、そのひとだけが場に逆行しているかのようなのだけど、その違和感がとても面白かった。あとで聞いた話によると、その方だけはお芝居はほぼ素人だったのだという。

舞台上での演出もさまざまで、役者が照明を手で持って照らしたり、ハンディのスライドを操作して宇野さんの絵を天井に投影したり、音楽家たちが舞台上で台詞を叫んだり、自由でちょっとすこし泥臭いことをしていたのが、テントの雰囲気を引き立てて面白かった。料理をするシーンでは実際に野菜を切ったり、鍋でシチューを煮ていたりして愉快だった。舞台、役者、構成、演出ともに、面白いものを見たなあ。眠気なんてどこかに飛んでいってしまったのよ。

さてこの会場、「にしすがも創造舎」「NPO法人アートネットワーク・ジャパン(ANJ)」「NPO法人芸術家と子どもたち」というふたつのNPO団体が共同で、廃校になった中学校を転用し、文化芸術の拠点に育てているのだという。アートと子どもの接点を探りながらいろいろな試みをしているのだ。なかなか面白そうだし、追いかけてみようとおもう。個人的にも、なにかヒントがもらえそうな気がするのよね。

【にしすがも創造舎】