アステア、キートン、ルノアール 三様の踊るハッピー

東京ですごすお正月、用意した映画は三本。

フレッド・アステア主演のチャールズ・ウォーター監督『イースター・パレード』(1948/米)。これまで山田宏一さんの講義で『踊らん哉』、『スイング・タイム(有頂天時代)』などで、アステアの華麗なタップダンスの断片をいくつか観る機会があったのだけれども、長篇映画をじっくりと観たことはなかった。つい先月の講義でも観た『スイング・ホテル』で爆竹を床に撃ちつけながら踊るアステアは見事だった。その時にも観た『イースター・パレード』の冒頭シーン。オモチャ屋で子ども相手にドラムを叩き、アクロバティックな足さばきも見事なアステアはすっかり熟成したオチャメな紳士。庶民的な魅力たっぷりの「小娘」ジュディ・ガーランドを相手に繰り広げられるキュートなエンタテインメント。お正月にイースターとはいまいち時期はずれではあるけれど、鮮やかで色とりどりのパレード、舞台上でのコミカルなダンス、朗々と歌い上げられるミュージカル・ショウが、一年のはじまりに華やかな期待をさせてくれる。そうそう、主人公たちが何度かごはんを食べに行くレストランのお給仕が、芸達者な俳優さんで面白かった、あれは誰だ。

イースター・パレード 特別版 [DVD]

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無表情の喜劇王バスター・キートン主演、バスター・キートン監督『セブン・チャンス(キートンの栃面棒)』(1925/米)。キートン映画も、有名なシーンをいくつか観たことがあるばかりで、長篇をしっかり観たのは改めて考えてみるとはじめて。ロイドやチャップリンは観ていたのに、なぜかキートンだけを飛ばしていたのだ。キートンのリズミカルなセンスと、派手に体を張ったアクション、雄弁な無表情にすっかり夢中に。『セブン・チャンス』は、突然舞い込んで来た多額の遺産のチャンスをきっかけに結婚の必要に迫られたキートンが、その噂を聞きつけた大勢の花嫁姿の女たちに街じゅうで追いかけられるというドタバタ喜劇。好きな彼女には肝心な告白ができず、声をかけた娘たちには振られ笑われていたキートンが、何千人もの女に追われてひたすら全速力で逃げる! 荒くれた山では転がる岩々にまで追いかけられ、命からがら逃げていくキートンといったら! この有名すぎるチェイスシーンだけではなく、あちこちに見られるキートンのセンスの良さ。動かない車に乗ったキートンを背景の変化でどこぞへと運ぶ転換や、時間の経過を犬の成長で知らせるところなど、ほんとうに上手だなあ。DVDに収録されていた淀川長治さんの解説によると、タイトルの「セブン・チャンス」の「セブン」とは、「ラッキー」を指すとのこと。そのラッキーを導く七つの要素、淀川氏による解説コメントはこちらで読めます。劇中でキートンが七人の女性に求婚することから「セブン・チャンスだな」という台詞も出てくるが、タイムリミットもそういえば七時だった。そういえば、幾千の花嫁ではなく大勢の警官に追われてキートンが逃げる見事なドタバタ短篇『キートンの警官騒動』のチェイスシーンも、山田宏一さんの講義で観て大笑いしたのだった。今年、わたしに必要なのはキートンかもしれない。

キートンのセブン・チャンス [DVD]

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そして三本目はいつだって大好きな映画、ジャン・ルノアール監督『フレンチ・カンカン』(1954/仏)。とにかくヒロインの踊り子ニニ(フランソワーズ・アルヌール)がかわいい! この娘を観るために何度観てもいい。でもなによりすばらしいシーンは、ムーラン・ルージュこけら落としの夜、舞台裏での騒動を収めるジャン・ギャバンの逆ギレだ。満員のお客が待つとき、舞台に必要なものはすばらしいショウを見せることのみ。私情は二の次、その開き直りの見事さといったら! この『フレンチ・カンカン』も『イースター・パレード』と同じく、人生に熟成した(はずの)紳士が町のパブで庶民的な娘を見つけ、その原石を磨き上げて舞台の主役に仕立てていくというプリンセス・ストーリーなのだけど、ルノアールのすごいところは、舞台の成功と男女のハッピーエンドとを結びつけずに、人生の複雑な残酷さを見せ付けてしまうその腕力にある。建設途中の小屋での大騒動のシーンにしても、男と女のやりとりにしても、ルノアールの映画に出てくる人々はみんな生身の人間があっけらかんと欲望をあらわにする。その清々しさの頂点が、開演直前に楽屋にとじこもるアルヌールであり、逆切れするジャン・ギャバンだ。そしてラストではじめて見せるカンカンの宴、見事なまでの大団円。「天国と地獄」のメロディが鳴り響くなか、完璧な笑顔で踊るアルヌール。舞台袖の椅子に座りながらカンカンの振りをなぞり、大きな拍手に微笑むジャン・ギャバン。そう、舞台はいくつもの人生に支えられて微笑むのだ、実人生の幸不幸とは無関係に。それに似た苦渋と悦楽、そりゃあ、舞台に関わる以上は多少は知っているつもりだ(まだまだ修行も経験値も足りないけどね)。それはそうと、若きミッシェル・ピコリが出ていたのにもびっくり。

フレンチ・カンカン [DVD]

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今年もよい年になりそうです。