農耕に似ている――ウリチパン郡のポップスタイル

さいしょは、へんな名前のバンドだなと思った。イベント告知の出演リストで見かけることが増えても、大阪ベースのためなのか、かんじんの実物にはなかなか出会えずにいた。ようやく春のはじめごろになって、友人とのおしゃべりの最中に「オオルタイチくんがウリチパン郡でね」という話を耳にして、えっ、と椅子に座りなおして、ようやく中身を知った。ウリチパン郡は、OORUTAICHI (オオルタイチ) とYTAMO (ウタモ) の二人が宅録ではじめたプロジェクト。そこにドラマーの千住宗臣クラリネット吹き(鍵盤も)の亀井奈穂子が加わりバンドとなったのだという。きょうは一日じゅう、ウリチパン郡の『ジャイアント・クラブ』をくりかえしくりかえし聴いたので、ブームに遅れること数ヶ月、ようやくウリチパン郡のことを(ライヴに行ったのはこの時期ね)を書きましょう。

その日の夜、音源を聴いてびっくりした。オオルタイチ名義のソロとはまたちがう地平のポップミュージック! もちろんソロのオオルタイチもポップなのだ。しかし同じ「ポップ」ということばを用いても、あれとこれとはねじれの位置にある。オオルタイチのライヴを円盤ジャンボリーか何かではじめて聴いたときには相当ビックリして、それから数日間は同じCDばかりを聴いていたのだけれども、ウリチパン郡との出会いもまた強烈だった。とつぜん耳の向こうに、もうひとつの世界が動き出した。これはなんだろう、祝祭の歌のようでもあるし、雨乞いの祈りのようでもある。どこかなつかしいこの感じを「フォークロア」ということばで言い表すこともあるだろう、なるほど胃の奥底から気がみなぎってきて駆け出したくなる。主にオオルタイチが仕掛ける言葉とメロディは、透明感のある女の子たちの歌声で芽吹き、拍と拍のあいだの空白まで豊かなドラミングで息吹く。

ジャイアント・クラブ』リリース時のリコメンドで、岸野雄一さんが「21世紀の理想郷での労働歌」という表現をしているが(いい文章だなー)、なるほど、ウリチパン郡はとても外に開かれたバンドなのだ。四人のミュージシャンが集まってつむぎ出す音楽は、人間が農耕を覚えて、鍬をにぎり、土に転がり、空をあおぎ、天水に喜ぶ、そういった世界を作るひとつひとつの感動を誰かと共有して歌っているようなのだ。バンドというのは農耕に似ている。部屋から飛び出たポップスターは、新しい土着を探しに旅に出る。オオルタイチくんのことを褒めるために「変態」ということばを使う評価も多いようだけれど、このじつに正直な、快楽と祝福に満ちたポップミュージックには、もっと別の言葉をあてるべきではないのかな。

ずいぶん前のことになるけれど、五月に青山CAYで行なわれたレコ発記念ライヴを観た。ステージの上には、鬼頭ブラスでご一緒のチューバ奏者の吉野竜城さんや、グリーン・パレードでもトロンボーンを吹いている廣田智子さんら、森本アリさん率いる三田村管打団?周辺のホーン隊がゲストで登場(アンコールにはクラムボン原田郁子さんもとつぜん登場)。予想していたとおりにとてもたのしいライヴだった。ただ、ああ、ここに青空があったら。地下の空間が惜しい。

と、思いきや、今年九月の「Sense of Wonder」に出演するそうです。Sense of Wonderの会場は山中湖に面した芝生が青くて快適な公園なので、きっと快適に観られるのではないでしょうか。でも実のところは、開放感というのは、屋根の有無によるものではなく、音楽そのものが生みだすものなのだ。ウリチパン郡は、メトロで東京のど真ん中を地中深くもぐっている最中にも、たったひとりの耳にささったイヤフォン越しにも、どこかの新しい世界の土の匂いを不意に届けると思うのです。

ジャイアント・クラブ

ジャイアント・クラブ

【ウリチパン郡】 myspace "Urichipangoon"