DEKOこと女優高峰秀子が劇作家川口松太郎(『鶴八鶴次郎』『愛染かつら』など)の人生について本人の話を聞き書きした『人情話 松太郎』(潮出版)を高架下のよみた屋でみつけた。七十年代生まれのわれらにとって、川口松太郎とはその御名より先に川口浩探検隊長の父親だったのかーという認識。無知とはおそろしい。ともあれ、非常に身につまされる「浮気」について、川口松太郎がある座談会でこんなことを言ったらしい。

「浮気というものは人に知らせてはいけない。これは文化人のエチケットだ。おれはあの女と浮気したと公言したやつがあったら、武士の風上にもおけない。浮気というのは、あくまで人生の現実の裏であって、それが少しでも人に知れたり、人に分かったり、それがために人に迷惑をかけたりしたら、それはもう浮気ではない。浮気の本質をはなれるものだ」

そんなこと得意に語っておきながらとうの御本人は本妻三益愛子のほかに三人も恋人がいて都合四軒の家をグルグルまわっていたというのだから、なんだい、しようのない話! でもたしかに言っていることだけは正しい。ただでさえひとは油断すると余計なことを自慢したがる性質をもっているから、調子者はこのナイーヴな問題に関しては慎重に恋をしなくてはなりません。六十過ぎの高峰秀子が呆れながら「ありゃしません。あられちゃたまんないですよ」なんて九十歳の御大に説くのが文字で読んでいてもとても軽快。高峰秀子の喋り口はちょいと斜に構えてねじまがったリズムがあるからすきだ。