ボックス東中野がポレポレ坐にかわってからはじめてその階段を降りた。『赤目四十八瀧心中未遂』を観たのだ。荒戸源次郎の世界観。いろいろ面白く観ることができたが、百五十分強の長尺には緩急があるようで実は無く、観ているこちらのピントが微妙に合わないまま映画は終わった。寺島しのぶのやわらかそうな肌、濃いピンク色の口紅をひいた唇が横に引き伸ばされた時、女は魔性でも悲哀でもなく逞しさでもって男を捕らえることができると知った。女は生玉子を呑む。ビールを飲み干す。さくらんぼの種を流し台へ飛ばす。煙草を吸う。男の性器をくわえる。男は仕事道具である包丁を置く。ひとつの始まり。ひとつの秘密。恋人たちは秘密を共有する。しかし秘密には「知った秘密」と「いまだ知らない秘密」の二種類があるのを忘れてはいけない。秘密は絶えざるもので増えていく一方だ。秘密を恋と錯覚する時代はもう終わった。親密な人間関係は不信感と依存でできている。そうだったとして、諦めることができるっていうのかい?