htr2004-06-18

四方田犬彦斉藤綾子映画女優 若尾文子』(みすず書房)を読んだ流れで、幾度目かの若尾文子ブームがやってきた。川島雄三監督の『しとやかな獣』(1962/大映)は、若尾文子の色気としたたかな強さにクラクラしながらも、新藤兼人ならではの状況をうまく重ねていく脚本と突然やってくるアヴァンギャルドな映像転換が面白い。公団住宅の窓の外から様子をうかがってはじまる冒頭シーンは、はなから舞台劇調であることを暴露する意図的な滑稽さとゴダールの『万事快調』や『恋人のいる時間』にあるようなセンスを感じさせるし、エセ外人役の小沢昭一やら大阪マダムのミヤコ蝶々らコメディアンもバチグンなタイミングで挿入される。悪い夢にトリップしたような「長い階段昇降」や「真っ赤な夕焼け」のインパクトの強さ。真面目な顔をどこまで続けるべきか、にやけたところで頭を殴られるから注意が必要。

と、面白いなあ素晴らしいなあと感動していたところ、ちょうど下北沢で川島監督の特集上映があると知り井の頭線を途中下車。シネマアートンのスクリーンで『赤坂の姉妹 夜の肌』(1960/東宝)。政界の裏の面倒をみる赤坂のバアを舞台にした「三人姉妹」。長女淡島千景はしたたかというにはか弱いながらも「マゴコロ」を売りに赤坂の町を生き抜き、次女新珠三千代フランキー堺のペースに騙されて女の道を迷走し(でもこれがいちばん幸せなのかもね)、三女川口知子の田舎娘は安保闘争に明け暮れる。川島雄三の弁舌のユニークさと軽妙さの合間から滲み出てくる詩情、これは正しい庶民の娯楽映画。淡島千景新珠三千代がとっくみあい手当たり次第ものを投げては追いかけ合う姉妹喧嘩のこれでもかといってもやめないしつこさ。庶民劇でありながらも台詞や仕草の隅々までに先天的な洗練さが光る。伊藤雄之助の憎めないいやらしさもいい。それはそうと、いくら二枚目な役柄でも、田崎潤がスクリーンに出てきたら「ヨッ、桶屋の鬼吉!」と心のなかで声をかけてしまう。そろそろマキノ『次郎長三国志』の禁断症状が出てきた証拠。