下北沢通いの日日。シネマアートン川島雄三特集上映で『貸間あり』(1959/東宝)と『幕末太陽傳』(1957/日活)。大阪の下宿宿でも、幕末品川宿の遊廓でも、マルチな才能と軽やかな動きと喜劇に昇華できる色気で、フランキー堺は時空をこえて男も女も魅了する。これがほんとうの男前。しかも、肝心なところで照れるところもすてきよね。
『貸間あり』では、桂小金次清川虹子山茶花究浪花千栄子乙羽信子益田キートン、加えて小沢昭一、喜劇のマドンナに淡島千景と、どっちを向いても期待以上の芸を披露してくれる人々のなかで、そのキャラクターとしては分別もあって控えめな男でありながら、フランキーはイニシアチブを保持している。この与田五郎先生、四ヶ国語に長けており翻訳代理執筆ピアノ男と女の清算の仕切りに蒟蒻製造など、とにかくなんでもできる才能だらけの男。著作「どうしたらシリーズ」はさまざまなジャンルを網羅していて、「助産婦になるにはどうしたら」はまだしも「山の神になるのはどうしたら」が出てくるセンスは素晴らしい。やんややんやとテンポよく進んでいき始終心地良く笑える。ベタネタ大放出にさすがに疲れたなーと思ったところで、フッと挿し込まれる淡島千景との爽やかな恋心の重なり。恋だラブだ、切ない切ない! 視線を交わらせて恥らういい大人二人がとにかくかわいい。そう、ひとつ屋根の下、とても愉快な人々が勝手に大騒ぎしながらも不意とさみしい顔を見せたような気がしてオヤ?と思ったがその次の瞬間にはまた滑稽な情景が待っている、けれどもたしかにあのとき不思議な寂しさがあったような、という不思議な映画。これこそが抒情。
幕末太陽傳』のフランキー堺は、マルチなうえに要領よしで動きのキレもよい。落語『居残り佐平次』をベースに川島雄三今村昌平田中啓一によって書かれたオリジナルシナリオ。佐平次が、遊廓の廊下を走って走ってお金を集める。人当たりよし、軽薄な時代をさらに飛び石の要領で軽やかに渡っていくフランキー堺。自分で自分は馬鹿なのよと名乗る男こそもっとも賢くそして冷淡さをコントロールしているというのはいつの時代でも真理。人気女郎の左幸子南田洋子だってフランキーを巡って取っ組み合いの本気喧嘩するほどなのだ。みんながフランキーのリズムに誘われて忙しく動き始める。その騒動が遊廓いっぱいに広まったとき、労咳を患うフランキーが「ごふっ」と咳込むとコミカルな顔からふと真理が漏れる。真理、そう、つまり色気。笑いの柱の影から顔を出すニヒリズム高杉晋作役の石原裕次郎なんかよりもフランキー堺のほうが数十倍もオットコ前だ。男前とはどういうものか再確認した夜。映画館の冷房で細くなった喉から「ごふっ」と咳が出た。労咳ではないただの夏風邪、巷では蒲団もかけずにパンツ一丁で眠る馬鹿がひくという噂です。