htr2004-07-26

蝶柄の浴衣姿で夕暮れの外出。神田万惣で白桃パフェとホットケーキをいただくあそびをしたり、東京湾納涼船上でおにぎり一個でナンパされたり、夜の思いつきで東京タワーに登ってみたりと、夏の行事に忙しい。大人になったわたしには夏休みはなかなかやってこないけれど、夏休み気分なら町のいたるところから手招きしている。三ツ矢サイダーの炭酸の泡やカルピスの白い甘さ、日向ばかりの正午時の道を歩いてクラクラしたり、井の頭公園の水場と日影で涼んだり、夕暮れの銭湯上がりのあの気持よさ、西荻窪の廃屋には驚くほど大きな紫色の朝顔がいくつも立派に咲いていた。浴衣の衣紋は大きめに抜いて、帯の結びは貝の口。半端に伸びた髪の毛をひとつにまとめあげてちょっとあだな様子で歩けば、この浴衣をあつらえてからもう干支がひとまわりしたものかあと感慨深くもなるものだ。電車の冷房に目まいがする年頃となりました。


と、夏気分を冷ますような冬景色の映画を観た。杉江敏男『三十六人の乗客』(1957/東京映画)。噂にはきいていたバスジャックものの古典、密室サスペンスと人間関係マップ。九十分の上映時間のうち、事件の犯人が誰なのか分からないまま六十分が過ぎる。登場人物のキャラクターを程よく語りながら、犯人を浮かび上がらせる小さな伏線が重なり合いながら張られていく。優柔不断な刑事役の小泉博の情けなさと葛藤と克服の過程を中心に描きながら、淡路恵子の美貌と女っぷり、バスガイド役の扇千景のコンパクトな可愛らしさ(若いってすばらしい)、千秋実のとぼけっぷり、佐藤允の尖った苛立ち、志村喬の懐の深さ、などを説明臭くない絶妙なバランスで徐々に描いていく。固唾をのんで見入ってしまうほど緊張が高まるわけではないけれど、バスという密室でのドラマを丁寧に語っていくので時間があっという間に過ぎていく。夜行バスが何度か駅で停車することもよいメリハリになっている。ああ、このあどけない声はッ、と思ったら屋上に干されたシーツがめくれて若山セツ子が顔を出した(やっぱり!)。小泉博演じる主人公の態度はあまりにわかりやすいけれど、若山セツ子は言わば木綿女、去り際までも堂々と「女生きてます」と徹底する淡路恵子の美しさは悔しくなるほどしなやかだ。それだけにあのラストは切ないというより、感情移入するのも馬鹿馬鹿しいほどにどうしようもない。 サスペンスという視点でいえば、大きなどんでん返しよりも小技が効いている。豪華な東宝役者たちと巧い脚本、適度に抑えられているからこそ緊張感を保持し続ける岡崎宏三のキャメラワーク。小さな事からひとつひとつ丁寧に構成された映画だ。冬の草津の山はとても雪深く、ここが暑い夜だってことをつい忘れていたら、知らず知らずに背中に汗がにじんでいた。