htr2005-12-12

ときは九日の金曜日宵の口、ところは浅草六区手前の呑み屋街の一店「鈴芳」、灯油ストーブで背中をあたためながら瓶ビールともつ煮込みを腹におさめたら、赤ら顔で浅草木馬亭。今宵の出し物は「玉川福太郎浪曲英雄伝」。最終回である今回のお題は「天保水滸伝」! しかも「平手造酒の駆けつけ」! つまりあれだ、笹川繁蔵と飯岡助五郎のぶつかり合いだ、暗闇のヒーロー市っつあんの登場作『座頭市物語』でも題材にとられた、利根川をはさんで繰り広げられたやくざ者たちの壮絶な喧嘩出入りの話。

先日、神楽坂でご一緒させていただいた玉川美穂子さんの浪曲で幕が開く。清水次郎長の映画で喉をふるわす広沢虎造の節で浪曲好きになったものの、いままで浪曲はレコードやCDでしか聴いたことがなかったのだ。美穂子さんののどは軽快で威勢良く、そしてコミカルな表情で木馬亭の雰囲気をさらっていく。酒席でお喋りをしていたときにも、さりげない気配りのできる話し方をするすてきな方だなあと思っていたのだけど、さすが浪曲師、話し言葉と仲よしだ。

木馬亭は満席。開演直前に滑り込んだにもかかわらず前から三列目の席に座ることができた。わたしに一席譲ってくれた親切な小母さんは今宵のゲストの立川談春さんの大ファンだという。「お嬢ちゃん、あなたラッキーね、談春さんのチケットは取れないんだから!」「人気ある方なんですね」「そうよー立川流のうちでも抜群なのよ」と矢継ぎ早のお喋り指南。落語はうま野毛寄席で観た金原亭馬生師匠の「なすかぼ」以来だ。わくわくして待つ。談春さんは第一声から木馬亭の時と場所を江戸に替えた。なんと演題は「明烏」。うぶな若旦那が町の不良に連れられて楼閣に初めてあがる噺。平岡正明さんの『大落語』でも紹介されていて、その筋を知ってからいつか生で聴きたいと願っていた噺だったのでそれはそれはもう夢中。

そして真打、玉川福太郎さんの登場。十八番の天保水滸伝、どっしりとした居住まい。こわもての凄みとかわいらしくもある愛嬌が背中を合わせて同居した噺っぷり。先の「明烏」と内容が重なるくだりも、軽妙さと叙情とを掛け合わせた表情、また違った表情をしていて面白い。いよいよ平手造酒が登場すれば一転、場面にピンと緊張が走る。浪曲はすぐれた大衆芸能だ。誰にでもわかるような節と語りでつづられていく物語。これこそがただしい娯楽。地に足の着いたエンタテインメントは客の耳目そして心ごと、時代と空間を越えて奪う。誰かを笑わせて泣かせて励まして、今日のしがらみから連れ去り明日の日常へと着地させる、そんな力をもっている。盲目な腕力とはちがう、それはとてもやさしい武力だ。

幕間の休憩には周囲にならって売り子さんからアイスモナカを買って食べました。たくさん笑ったしたくさん手も叩いた。声掛けは見習い。終演後にふたたび「鈴芳」。冬の夜は焼酎のお湯割りときまっています。辛い食べものばかりがならぶ卓を囲んで、平岡正明さんと三人の企み者たちが「金玉主義」会談および座頭市雑談に花を咲かせ鼻をすする浅草の夜。