htr2006-04-05

三月は旅の季節。みどりの窓口で「青春18きっぷ」を買って、木曜日の昼時の、お仕事や外出する人々でそこそこに混み合った中央線の車内にて、ポケットサイズの時刻表をめくりながら列車の乗り継ぎを考える、そこからすでに旅は始まっている。ひとり東海道下り、東海道線に乗って熱海を過ぎれば気分は行楽、沼津で買った鯵寿司の駅弁も旅心をもりあげる小道具だ。

名古屋では海老が入ったパスタやリゾットを、京都では美味しいごはんと「ろくでなし」の愛すべきヨッパライタイムを、大阪では引っ越したばかりの友人の家の床に寝転がって春色のお喋りを楽しんだ。いつだって浮ついた気分がいちばんの携行品だ。浮気心を列車に乗せて春の連休は過ぎ行く。

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今回の裏メニューは、東京中低域の「レコ発ツアー」観戦。合計五日間のツアーをぜんぶ観たことになるのだけれど、当然ながら、日にち会場でまるで印象が違う。ファーストインプレッションは、その男子らしい悪ふざけの外観だ。バリトンサックスという大きなサックスを下げた男の子が十人も半円形に並んで、低音ベースで曲を演奏する。聴き慣れていくと、同じ楽器のはずなのに、それぞれの音色や感触がまるで違う、個性がわかってくる。お気に入りの音もあれば、ビックリさせられるような音もあり、メンバー各人がそれぞれに持つ志向や音楽性や技術や色が見分け聴き分けられるようになってくる。その演奏が連日となると、時間と会場の空間性によっても、その演奏は表情をかえる。PAをほとんど通さない生音ならではのリスクと魅力があって、追いかけるほどに恋心は深まる。

初日の名古屋は、ややかための耳触り。会場となった千種文化小劇場は円形で広くお芝居仕様の舞台。動きやすくてフレキシブルなパフォーマンスができる反面、互いの音がきこえにくかったり反響が強かったりもして大変な様子。舞台で「見せる」要素が強い分、観客との距離も感じられた。アンコールには「キミノコ」という曲を、日替わりで一人がソロ演奏するのだけど、名古屋版は田中邦和さん。色っぽい演奏。広い舞台にひとりで立っても映える人とサックス。

京都メトロはほどよい狭さとほどよい親近感に溢れた空間。女の子のお客さんが多かった。名古屋に比べて、凝縮された印象の演奏。アンコールの「キミノコ」ソロは松本健一さん。「あっ、どこ行っちゃうんだろう?」と驚かされるのを期待していたら、意外に行先が見えたインプロ。パワーのある足取りでズンズン進んでいながら急に直角に曲がるような大胆さは、相変わらずすてきな魅力なのだけど。

大阪の伽奈泥庵はとてもゆかいな空間。会場を見たところ、音楽家のお客さんが多かったり、お店のママさんはじめスタッフの方が客以上にぎやかだったり、見たまま文字通りにステージと客席に段差のない時間。ツアーも半ばで互いの呼吸も合って来たのか、疲労はあれども良い意味で肩の力が抜けた演奏。アンコールの「キミノコ」ソロは鬼頭哲さん。いつもはベースラインをガッツリ支えているバリトンが、水谷さんが表した「水晶みたい」という言葉通りに繊細な音。歌心のあるサックスを聴いた。それまで和やかで賑やかだった空間がすっかり静まり返り、緊張感のある時間が音に導かれてやってきたのだ。

ここでツアーは東京に戻る。東京一日目はやや弛緩した印象。移動日をはさんで気が抜けたのか、からだの疲労と緊張がほぐれたのか、前日までに比べると相当緩い場面が多かった。アンコールの「キミノコ」ソロは後関好宏さん。最もわけのわからない世界が作られることを想像/期待していたのだけれど、意外にあっさりと流れ過ぎた。

東京二日目、ツアー最終日には力を取り戻した演奏。全体的に前日よりも演奏もフンドシも締め直された様子。冒頭の「レイン」で、また懲りずに何度目かの恋に落ちる。アンコールの「キミノコ」ソロは鈴木広志さん。とても丁寧な演奏、たしかな技術! 繊細に微分された音符の景色が美しい。微細な印象が際立ってマクロな物語までは見えなかったともいえる。

東京中低域 http://sound.jp/tochu/
東京中低域 『十一種』 http://www.eqcd.net/tocyu/11kinds.html

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総武線に乗せた浮気心は、大久保で辛い料理とお酒とおでんにまみれて、ヨッパライのヨイッパリで帰宅。明けた昼には井の頭公園の桜の下を散歩して、「いせや」にてビールで迎え撃ち。忌まわしい三月は無事に過ぎた。ハロー・エイプリル! いかした春を歓迎しようではないか。