ハタリハウスのお引っ越し

のんべんだらりと暮らすのよ

この冬、ミスハタリとハタリブックスが引っ越しました。八年ものあいだ、日当たりのよい古い木造アパートで外猫とつかず離れずの距離を保ちながらのんびり暮らしていたのですが、家庭に仕事を持ち込んだことで六畳一間が手狭になり(ハタリブックスは家内制手工業です)、仕事部屋をひとつ増やすべく、物件探しからはじめたわけです。住み慣れた近所や井の頭公園のあたりをウロチョロしてみましたが、ついに見つけた新しい住みかは駅三つ分はなれた隣町。いつも電車で通り過ぎていた駅に十年ぶりに下車してみると、駅前がきれいに整備されていましたが、のんびりとした住宅地という印象はあいかわらず。駅前のスーパーのお菓子売場にせんべいやおかき類がやたらと多いのが、この町の住民の年齢層を物語っています。

お引越の前日、夜通しで梱包をしてみると思っていた以上の大荷物。さほど書籍やレコード類の資料が多いほうではないのですが(むしろ意図的に減らしているほうだ)、八年間の定住インパクトというのは考えていた以上に大きかったようです。思い出に浸っている場合じゃないのよとストイックに引越作業をしていたのですが、それでもCD棚の下の方からなつかしい(しかもちょっとはずかしい類の)CDがゴロゴロと出てきては「キャー!」と叫んでしまったり、そんなこんなで午前三時まで梱包作業はつづきました。

午前八時に引越業者のおじさんがやってきて大声を出しながら搬出開始。そのやかましさにハラハラしながらも、あっという間にダンボールが運び出され、トラックに積みきれなかったいくつかの荷物と鉢植えと掃除機だけを残して新居へと移動。新居でもおじさんたちの大声にハラハラしつつもあっという間に搬入完了。積まれたダンボールの整然さにウットリ。

しかしウットリもウトウトもしている暇はなく、すぐに旧居に戻ってさいごの片付けをしなくてはなりません。

駅からの帰り慣れた商店街を歩きながら、途中にある弁当屋さんで、のり明太子弁当を買いました。店主のおじさんに、きょう、わたし引っ越すんです、と言うと、おじさんは、この来年には通りが全面的な工事をされて新しい姿になることを教えてくれました。電線が地下にもぐり、歩道ができるそうです。景色もかわるんでしょうね、と言うと、おじさんはそうだねえとわらいました。この店にはとてもかわいい老いたポチという犬がいて、よくのんびりした足取りで散歩している姿を見かけていましたが、この八年のあいだにさらに年をとって、いつの間にか見かけなくなってしまいました。その一年後、今年のお盆の頃には店主のおじさんに孫が生まれたのでしばし休業しますというめでたいニュースが、店の前の黒板に書かれていました。おじさんと話をしているあいだに、出来上がったお弁当を持って金髪頭のパートのおねえちゃんが出てきてくれたので、ホカホカのお弁当を受け取って旧居に帰りました。

その日は早朝まで雨が降っていたのだけれど、昼近くなるにつれて晴れてきて、ついには快晴となりました。南と西についた大きな窓からはまぶしいばかりの陽光が差し、すっかり日に焼けて傷んだ畳を白く照らしていました。荷物をすべて運び出してしまうと、部屋のどこにも昨日までの生活はなくなってしまいました。ここで起こったドラマはわたしにとってすべてただの日常でした。わたしはその日常をほんとうに愛していたし、わたしがこの家を出るに至った今日までの生活は、なにひとつ欠かせないエピソードばかりでした。あそびにきてくれたお客さま、一緒に暮らしてくれた猫や友人、ひとりで昼寝したのんきな夕暮れ、数々の思いつき、ちゃぶ台の上で食べたあらゆるごはん、そしていくつかのお仕事。開け放った窓からは向かいの一軒家のおばあちゃんが猫を呼ぶ声が聞こえてきました。台所の流し台を雑巾で拭き終えて、大家さんに鍵を返してドアを閉じたら、この家での暮らしはおしまいです。サンキュー、マイハウス!

 

それから、新しいハタリハウスでの生活がはじまりました。ようやくダンボールのなかから荷物を取り出し、家具を配置して、よくわからないものは屋根裏部屋に上げてしまって、通常営業を開始。念願の仕事部屋は結局台所を兼ねていますが、台所を愛するミスハタリとしてはなんの問題もありません。ひとつ不満を言えば仕事部屋(兼台所)に窓がないので、朝でも真夜中みたいな空気なのが難ですが、鍋で柚子を煮込みながら仕事をするのもそう悪くはありません。これで書きもの仕事もはかどるってものよ。ハロー、マイハウス! ナイスな日々を育てられますように。

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日ごろお世話になっている方々に、お引っ越しのお知らせをしていますが、このままではお年賀と一緒になってしまうかもしれません。「うちにはまだ届いていないし、引っ越し先を知りたいよ」という方は、お手数ですがハタリブックスまでご連絡くださいませ。(ミスハタリ拝)