htr2004-07-16

蚊取り線香を焚いたら六畳間に夏がやってきた。畳も蒲団もそこで眠る自分のからだも夏休みの匂いがする。中央線で目の前に立っていた女子高生がおもむろにキンカンの瓶をとりだして首筋に塗っていた。よく晴れていた空がとつぜん灰色に濁り出し、ベランダの洗濯物の様子を憂う夕刻。今年こそ扇風機を買おうと思うのに、電器屋に出向くとつい冷蔵庫コーナーで立ち止まってしまう。歌舞伎の女形だったという旦那さんのいる鰻屋でふくふくした鰻をいただいた。鰻重はさーこのタレがしみこんだごはんがなんてったっておいしいよねー、といういつもの言葉はのみこんでおいた。桑名晴子の「ウー」ではじまる和製ハワイアンを聴きながら浮かれ気分で夏の予定を立てている。水着はまだ買っていない。パーッと明るい花柄の水着がいいなと思っています。

アイヌ・ウポポの唄い手、安東ウメ子さんが亡くなったと知った。浅草でウメ子さんのライヴがあったとき、ウメ子さんの唄に魅せられたひとが一度に集まってしまったものだから大混雑、その会場に入ることすらができなかった。諦めてその日はさほど美味しくもない鰻を食べ、さほど楽しくもないデートをして帰ったのだった。そのことが悔やまれる。おいしい鰻はこれから幾度でも食べられるし、たのしいデートは人を替え品を替えいくらでもできるだろう。でも唄は生物だからそのときのものはそのときにしか得られない。
蚊取り線香の染み入った部屋で『ウポポサンケ』(チカルスタジオ)を聴く。ゆるやかな時間と温度とふしぎな強度。北海道生まれで北海道育ちのわたしが「民族(俗)学」を学ぼうとしたのは、我が身の地縁の無さに不安を感じたからだろうということは、今になって思いついたもっともらしい理由かもしれない。でも、札幌の地名の多くはアイヌ口語が派生したものばかりで今ではそれらしい漢字が当てられて住所になっているのだけど、果たしてそこにあるぬくもりを感じることが一度でもあっただろうか。唄にしたってそうだ。畑仕事や漁や女たちの糸紡ぎといった労働と生活の場にはかならず唄があるという。唄の記憶があるかい? 「虹と雪のバラード」なんかじゃだめだ。ウメ子さんの世界は遠い、遠いから憧れる、おかしい話だ、同じ地面に立っていたはずなのに、ほんとうになんだかおかしな話だ。

チカルスタジオ http://www.tonkori.com/