ミスハタリの道北旅 4 蒸気機関車と釧路湿原

旅の朝はいつも早い。午前六時に起きてモール温泉の朝風呂。部屋でストレッチをしてから、早めにチェックアウト。八時半、送迎バスで帯広駅へ。今度は夏の時期に、公園や動物園を散歩して、子どものころに座った長いベンチに座って本でも読みたい。六花亭本店でお茶もしたいし、十勝ベーグルも食べてみたい。せめて帯広に着た証しをと、駅隣接のショッピングエリアに入っているますやパン「トラントランますや」で、焼きたての豆パンを買って朝ごはん。
→【十勝ベーグル】
→【ますやパン】

帯広駅の窓口で大回りの乗車券を買う。「最終的には札幌に行きたいんですけど、あちこちでウロウロ途中下車したいんです、温泉に入ったり、うにを食べたり」。帯広→東釧路根室本線)、東釧路→網走(釧網本線)、網走→新旭川石北本線)、新旭川旭川(宗谷本線)、旭川→札幌(函館本線)という乗車券。

JR北海道のお得な周遊券はいくつかあって(あくまで今日現在の情報です)、JR北海道ANAと提携して「ANA超割」と併用すると、西は長万部東は帯広までのエリアが一日三千円で乗り放題になる「北遊きっぷ」や、二週間前までに購入するとJR北海道全線フリー、特急にも乗られて、指定席も四回まで利用できる「スーパー前売きっぷ(たった一万円/有効期限は二日間)」や、説明がすこし面倒くさいのでくわしくは省くけれども、札幌発で網走釧路方面へ旅するのにお得な「知床Vきっぷ」など、びっくりするくらい太っ腹な値段設定の切符が多い。北海道は車とバイクの国だから、鉄道は旅人にやさしくあるのだろうか。いや、路線図を見れば一目瞭然、鉄道網が大雑把なうえにのんびりダイヤだからそれなりにオマケを付けないと、実際の旅での使い勝手が悪いからなのだろうか。いずれにせよ、北海道を鉄道で回りたいと思うなら、味方になりそうな切符はたくさんあるのだ。
→【JR北海道 お得なきっぷ】

 
 

帯広発九時二十一分の特急「スーパーおおぞら一号」で釧路へ。雪の石勝線を走ってきた、青い外観バタ臭い表情の振り子特急は、途中池田駅に停車しただけで十時五十一分には釧路に着いた。子どものころに、はじめて名前を覚えた特急が「おおぞら」だった。小学校低学年だったわたしと兄とふたり、子どもだけではじめて乗った特急が帯広行きの「おおぞら」だったような気がする。そのころとはずいぶんカラーも設備もかわってしまった。が、なにより速い。

釧路駅でいったん改札を抜けて外に出る。子どものころに一、二回来たことがあるはずだけれど、駅前の風景を見ても、まったく初めて見る町だった。駅は思っていたよりもこじんまりとしていて、港町らしい素朴さが感じられるような気がした。厚岸の駅弁「かきめし」を買い、蒸気機関車の発車時刻が近づいてきたのであわてて地下道をくぐって三番ホームへと急ぐ。

「SL冬の湿原号」は、釧路と標茶のあいだを一日一往復するイベントSL。このC11は、夏のあいだは函館や大沼のあたりを走っていたり、ときどき小樽のあたりを走っていたりもする人気者。冬の間はこの釧路湿原のど真ん中を走るのだ。帯広駅窓口の親切なおじさんが気を利かせてくれたのか、席は二号車の石炭のダルマストーブのすぐそば。二号車には販売カウンターがあり、スルメを買ってストーブであぶって食べることもできるのだ。しかもこの二号車だけが他の車両に比べて古い客車で、窓が開く(開けちゃだめなんだけど)。

 

イベント列車だけあって、車内はずいぶんとウキウキした空気。全席指定なのにやたらと歩き回っている乗客が多い。向かいの席には、ずいぶんと立派な望遠キャメラを下げた男性がひとり。車掌をつかまえて「今日は緩急車は付いていないんですか?」と質問。車掌の答えを聞いてガッカリしている。「今日にかぎって、緩急車がないのか…」。あの、緩急車ってなんですか?。「緩急車はね、オープンデッキのようになっているから、カーブを曲がるときにそこから良い絵が撮れるんですよ、うーん、残念だな」。そう聞いてしまうとちょっと残念ですね。「いや、でも途中でいいカーブがいくつかあるので、窓にくっついていればそこそこに角度のある絵は撮れると思いますよ。近くなったらお教えしますね」。

 
 

正直、蒸気機関車にはそんなに興奮しないと思っていた。みやげ話ついでに乗ってみようという程度の気もちだった。しかし、汽笛が鳴り、車輪がまわり、動き出すと、そんなクールネスはどこぞへ飛んでいった。窓の外が煙で真っ白く染まる。釧路を離れ、雪と枯れ木だらけの釧路湿原蒸気機関車は走っていく。「目をこらしていると、シカやキツネが見えるかもしれませんよ」。塘路駅ですこしの間、停車するという。そう聞いて機関車のすぐそばのドアで停車を待った。

記念撮影! 機関車はほんとうにかっこいい!

 
 

この「イベント列車」の浮き立ったかんじ、わりと好きだ。ひとり旅はしんみりと、静かに車窓と列車の揺れだけを相手に時間を過ごす、というのもすきだけれども、この、バラバラの旅人たちが同じ喜びを共有する奇妙な幸福感は、以前にも、青森の五能線を走る「リゾートしらかみ」で味わったことがある。車掌の放送や徐行運転で海岸沿いの景色を楽しみ、途中、十分ほど停車した千畳敷の駅では、乗客たちが駅から離れて海近くであそび、ふりかえるとそこに列車が待っていた。ひとり旅のさなかに突然生じる、修学旅行のような、ふしぎな気分。

茅沼駅の手前でタンチョウツルに出会う。今では無人駅になってしまった茅沼の、歴代の駅長たちが餌付けをしてきたために駅近くに住むようになったタンチョウツル。

終点、標茶駅に着いたのはお昼過ぎの十二時二十四分。乗車時間約九十分。面白い映画を一本観終えたかのような充実した気分。標茶駅に着いた蒸気機関車、転車台が無いので、帰りは機関車が末尾に付いて客車を押して走るという。うう、もう一回乗りたい……。一度は駅員さんに相談するも、一筆切符と財布と時刻表の都合もあってがまんすることにした。標茶駅の小さな一室で資料展示をしていたので、そこでお茶をのみつつ、次の列車を待つ。

 

サンキュー、「SL冬の湿原号」! 冬の閑散とした湿原のストイックな風情もいいものだけれど、今度はやっぱり緑茂る時期に車窓の景色に見とれてみたいよ。ひとつ旅をすると、どんどん旅ごころがふくらむのだ。


【ミスハタリの道北旅 2008】
1 出発とおみやげ 2 『終着駅は始発駅』 3 帯広「北海道ホテル」 4 蒸気機関車と釧路湿原 5 川湯温泉紀行 6 流氷ノロッコ号 7 札幌「キコキコ商店」番外篇