北東北&北海道 冬のより道 1 正月パスと東北新幹線

ここ数年来ずっと正月は東京ですごしていた。理由はかんたん、年末年始繁忙期の飛行機は混雑するうえにチケット代がふだんよりとても高いから。と、つい予約を先延ばしにしていくうちに、じつは東京で過ごす正月がけっこう好きになっていた。しかし昨年の元旦に思ったのだ。「今年の抱負……、車の運転免許を取る、きちんとした医療保険に入る、正月に里帰りをするのが、オーバーサーティとしての基本装備では」。年の瀬になってふりかえってみると、あいかわらずわたしは運転免許を持っていないけれど、万が一なにかがあってもおそらく恥じない程度の医療保険には入った。つまり一年の計はいまのところ五分だ。よそのひとにとっては当たりまえのことでも、ぐうたらなわたしにとっては偉大なる一歩。どうだ、あとひとつかなえて、胸を張りたいじゃないの。

JR東日本に「正月パス」というものがある。JR東日本全線とJR北海道の中小国〜函館まで(つまり津軽海峡を抜けた先の函館まで)、新幹線や特急(寝台特急など一部を除く)はもちろん在来線が一日乗り放題で一万二千円というナイスでエコノミーなきっぷなのだ。東北新幹線が八戸まで延びたいま、朝に東京を出れば函館はもちろん、函館から特急列車に乗れば晩ごはんの時間までには札幌に着く。貧乏旅行の定番「青春18きっぷ」の一日乗りつぶしの北限が八戸あたりだったことを考えると、新幹線や特急はじつに速い。でも一日乗り放題で函館まで行けるのなら、せっかくだもん、より道したいじゃない。またしても旅ごころが盛り上がってきた。東北新幹線で八戸までダイレクトに北上すべきルートが、とちゅうの盛岡でぐにゃりと横に外れた。

今回のルートは以下のとおり。

東京駅→盛岡駅東北新幹線)→宮古駅(山田線)→久慈駅三陸鉄道北リアス線)→八戸駅八戸線)→青森駅東北本線)→中小国駅津軽線)→木古内駅津軽海峡線)→五稜郭駅江差線)→函館駅函館本線)→長万部→札幌。

午前七時台の新幹線に乗って、山田線やほぼ数分間の乗り換えをつないでいくと、八戸駅発の特急列車が函館駅に着くのが午後八時すぎ。どこかの駅で取り残されてぼうっとすることなく、スムースに乗り継いでいくことができるという算段だ。ふだんなら、どこかで下車してごはんを食べたり温泉に入ったり散歩をしたりする時間がほしいところだけど、なにせ元旦。今回はひたすら列車に乗り倒す旅にしよう。そうだ、二〇〇九年の鉄道初め。元旦の静かな田舎風景、冬の白波や雪景色を眺めるのも悪くないじゃない? 

盛岡から宮古に出て、宮古から三陸鉄道で二駅先にある「田老」は、学生時代に二度訪れたことのある漁港の町だ。田老は山と海の両方を持つ集落で、「文化人類学」専攻だったわたしは、人生儀礼民間信仰儀礼についてのフィールドワークという名目ですこしだけ滞在した。まあ、アワビを食べたりウニを食べたりという胃袋の記憶のほうが強いのだけれども、そのときに乗った山田線がいまだにわたしのこころに青い風を吹かせる。なんてことのないシーンがときどきよみがえる。古い車両の開けた窓から突風が吹き込み、髪の毛を乱す。青い記憶をつかまえに、十年ぶりのより道をしよう。

夜中のうちに初詣もほろ酔いもすでに済ませた。家を出たのは午前6時半、ちょうど夜が明けはじめたころだった。よく晴れた元旦の空は紺とオレンジ色のグラデーションではじまった。中央線に揺られながら、もしやと首をひねって見ると、窓から遠くに白い富士山。7:56東京駅発の東北新幹線「はやて」で出発。朝の光がまぶしくて、わたしはちょっと目を細めた。


【北東北&北海道 冬のより道 2009/01/01-02】
1 正月パスと東北新幹線 2 ノスタルジック山田線 3 三陸鉄道、潮風と晴天 4 うみねこ八戸線、津軽海峡の夜 5 函館/ロワジールホテル函館 6 冬の道央から函館本線山線へ