わたしが井の頭線を好きな理由

京王井の頭線との付き合いはもう十年になる。井の頭線は、東京都内でしのぎを削る私鉄通勤通学運輸のひとつでありながら、五両編成というコンパクトさで、吉祥寺〜渋谷の大して離れてもいない駅間(下北沢駅のホームから新代田駅がはっきりと見えるし)をのんびりと走る路線。春は桜と菜の花、梅雨時分にはあじさいが線路沿いに咲き、夕暮れどきのオレンジ色の光線もきれいな、こころゆたかになる約二十五分間(急行なら十六分だけど、井の頭線をぞんぶんに味わうにはやっぱり各駅停車に乗りたいね)の旅。ただのんびりした列車かというとそうでもなく、東京がとつぜん雪景色になっても運休になることなく走りつづけ、深夜十二時にはヨッパライと働きものをたくさん乗せ、早朝五時には夜を越えた酔いどれと働きものをまた運ぶ、けっこうなタフネスを持ち合わせているのもかっこいい(難点をいうとしたら、京王系のステンレス車両はかわいくないということ。でも井の頭線はちゃんとレインボー展開しているし、3000系の古い車両もがんばっているし、好感がもてます)。

好きな景色がいくつかある。

夕暮れどきの井の頭公園駅のホーム。井の頭公園内に架かる鉄橋は遊園地にあるアトラクションみたい。公園を歩いていて頭の上を列車が通るとうれしくなる。

渋谷に到着するひとつ手前の神泉駅で降り、円山町やbunkamuraへのショートカットをするのも好き。神泉駅のそばには、井の頭線で唯一のトンネルがふたつ口をあけている。このトンネルを通るのが好きで好きで、休みともなれば飽きずに乗りつづけていたというのは、たしか小学生時代の宮脇俊三さんだったように読んだ気がする。

富士見が丘駅そばにある車両基地にはたくさんの線路が敷かれていて気分が高揚するし(毎年春に車両基地開放があるのもうれしい →☆2008/03/29 →★2007/03/31)、駅を降りて神田川沿いの遊歩道から車両基地を眺めるのも、じつにぜいたくな散歩だ。

ほかにも、富士見が丘側から高井戸駅の高架へ登るゆるやかな線路とその背後に立つ白い煙突や、同じく高井戸駅から浜田山方面に下るストレートの美しさ(井の頭線は先頭車両に乗ると運転席の景観をたのしめる。ブラインドを下ろすような野暮な運転士が少ないので、かぶりつき上等!)、永福町駅そばのバスセンターに整然と並んで出番を待つバスたち(ここの駐車場から列車を搬入するので、運がいいとその形跡が見られる)、東松原駅で停車したときの足に感じる不安定な傾斜、下北沢駅を出るとパーッと開ける視界と近づいてくる渋谷の喧騒、などなど、好きな理由を挙げていったら百を超えちゃうかもしれない。