散歩にはコーヒーとおしゃべりと猫がつきもの 大阪天満橋〜中之島

「旅と喫茶とカレーと日常 モハキハ(→)」というお店をはじめるようになって、月よう日から木よう日まで、ほとんど散歩をしなくなった。自宅からモハキハまでは歩いても五分ほど、その短い距離すらも荷物の多さを理由に自転車で往復するようになってしまった。運動不足も問題だけれども、身体だけでなく気もちまでむずむずするのです。木よう日の午後にコーヒーを飲みにいらしてくれた、毎週金よう日にお世話になっている接骨院の先生にそう話したところ、「おもい立って急に大阪城公園を走ったりしないでくださいね、四十分間歩くだけでいいんですから」とのアドバイス。身体に篭もった熱を逃がすには適度な歩行が大切なのだという。

モハキハが休みの金よう日、午後二時半に谷町を出発。今日はぞんぶんに町を歩く日と決めたのだ。

天満橋の駅を通りすぎて大川を渡る。町の真ん中に大きな川が流れているというのが、大阪を気に入った理由のひとつだ。都会の川は幅広いほうがいい。できれば河口まではすこし遠く、海は見えなくていい。晴れた日は穏やかに水面が光り、嵐の日にはすこし不安になるくらいに濁流となる。それは多分に、わたしが札幌出身で、十代のある時期を豊平川そばで過ごした記憶によるえこひいきなのだとおもう。橋の上から大川ごしに町を眺めるのがすきだ。西を向けば広い空と思いのほか低い建物の姿が逆光となり、東を向けば京阪電車のツートンカラーの車両が走っていく背景にいくつかの高層ビルが、その奥に生駒山のシルエットが浮かんでいる。八軒家浜を出て大川を舟でめぐる「御舟かもめ(→では、もうすぐ桜シーズンのクルーズがはじまるという。三十石舟の気分を味わえるかな。


昨年の四月に、遠征でも出張でもなく、はじめて日常として大阪を訪れたとき、大川沿いには桜が舞っていた。そのときと同じように、橋から南天満公園に下りて川べりを歩く。桜のつぼみは支度中。

この公園のすぐそばにある「喫茶星霜(→)」。川を渡るとつい足が向く。いつ訪れても安心できるお店を知ったというのも、大阪を好きになった理由のひとつかもしれない。星霜ブレンドで休憩。こちらのコーヒーはご近所の赤い実さんによるオリジナルブレンド。わたしがいつも好んで買っている豆とは趣味はちがうけれど、ていねいに淹れられたコーヒーを飲んでいると、こころのなかで波立っていた些末なあれこれが静かになっていくような穏やかな気分になる。モハキハでも、こんなふうにコーヒーの魔法をかけられるようになりたい。次から次へとお客さんがやってくるので、早々にモハキハのごあいさつだけを残して店を出た。今日もおいしかったです、ごちそうさまでした。

【喫茶星霜】


これまでに何度もご紹介しているので過去日記をどうぞ。すてきなお店です。
☆ 2009年6月30日の日記
☆ 2010年2月1日の日記
http://d.hatena.ne.jp/kissa-seiso/

星霜さんを出て一本裏の通りにある「dieci(→)」へ。

自転車だとここからそこへの移動は速いけれども、止まって降りて停めて鍵をかけてという作業がめんどうになって、気になる景色を素通りしてしまうことがある。散歩のすてきなところは、より道に前向きになれることだ。dieciは一階が北欧や国内の作家の作品を中心にセレクトした雑貨店、二階がカフェになっている。雑貨を眺めていたら棚の上に見知った顔の猫がいて、あっと声をあげてしまった。ちょうど近くにいた店の方に向かって、つい「この猫、うちにもいるんです、でも真っ黒じゃなくて首もとが白いんですけど」と話しかけてしまった。

それはスウェーデンの陶芸家Lisa Larsonの猫。大阪で出会ったぎんちゃんとみっちゃんというキュートな友人たちからの贈りもので、我が家の「黒と白の猫」によく似ている。そんなことを話したあとに、ふと入口を見ると猫用の水とえさの皿が並べて置かれていた。「わっ、猫がいるんですか」「うふふ、のら猫ですけどね」。ざんねんながらわたしがdieciにいるあいだにはのら猫は姿を見せなかったけれど、猫がいるという気配だけでずいぶんと幸福な気もちになった。そしてお店の方と交わしたすこし長いおしゃべりのあいだに、同じドーナッツドリッパーを使っていること、カレーのお皿にすてきな候補が挙がったことなど、たのしい発見があった。

お彼岸が近く、町は夕方になっても明るい。ずんずん歩いて中之島へ。

 

公会堂は卒業式典でにぎわっていた。このあたりも散歩のたびにより道してしまう界隈。幅広い石畳の通りを黒い猫がタタタッと駆けていった。

姿勢を低くして近づいてみると、愛想も拒絶もないのら猫としてとてもフラットな態度で見返してきた。猫のこういうところが好きだ。

肥後橋まで歩いてからうつぼ公園。ここの小山にも猫がたくさん住んでいる。黒、黒、黒と白、茶縞、茶。公園を北側から入って南に抜ける。ここの猫はみんな丸々としていた。公園に植えられているたくさんの種類のバラの枝はきれいに剪定されて次のシーズンが来るのを待っている。公園の主役が代わろうとしている。


まだ午後五時だというのにタケウチは完売で店じまいをしていた。チョコチップとオレンジピールのベーグルのことばかりを考えていたのだけれども、歩みは止めずに四ツ橋筋を東に渡って「Painduce(→)」へ。バタール一本、じゃがいもとれんこんが練りこまれたパン、セミドライトマトのフォカッチャ。南に歩いて船場で買いもの、長堀通を歩いて谷町へ戻る。

午後六時半、接骨院のベッドにうつぶせになりながら、今日歩いたルートについて話した。「休憩のぞいて三時間…急にたくさん歩きすぎるのも」「それについては反省しています」。身体はあたたまり、気分は晴れていた。散歩、やっぱり大切だ。わたしには自転車のスピードは必要ないのかもしれない。

コーヒーとおしゃべりと猫、三題噺の散歩となりました。