ミスハタリの北陸旅 金沢後篇

美術館を出て水路沿いに下り、ライヴハウス「もっきりや」の前を通り、香林坊という繁華街に出る。夜のノンベエ盛り場木倉町通りを下見してから、犀川を渡って、ちょっとだけ住宅街に迷い込んで散歩。




そして西日を浴びながら「にし茶屋街」へ。「ひがし」とはうって変わって静かな街並み。市内の観光スポットからややはずれているせいなのだろうか。乙女のお約束「甘納豆かわむら」で、黒豆と詰め合わせをおみやげに。


さて、さきほどからずっと「あうん堂」のことが頭から抜けない。「アトリエ・ワン」のプロジェクトで紹介されていた、町家を利用したブックカフェ。短い文章と写真しか見ていないのだけど、ここは金沢、観光スポットだけではなくて、いまの金沢に暮らすひとたちの憩いの場所におじゃましておきたいではないの。主計町まで戻って、観光の足並みと逆方向に路地を曲がり、銭湯を横目にしばらく進むと、「あうん堂」を発見。
【あうん堂】

こちらはご夫婦で経営されている古本屋兼カフェで、扉を開けて中に入ると、まず靴を脱ぎます。奥のテーブルには六人ほどのチームがなにやらわいわいとおしゃべりをしていて、手前の椅子では女の子と男の子がそれぞれ雑誌と本を静かに読んでいる。右手には壁沿いに本棚、さまざまな本。左手には壁に埋まるように配置された本や写真集。一瞬、げっ、混んでいる、とひるんだのだけど、椅子がひとつ空いていたのでジンジャーエールをオーダー。それから本を選びにいくのが流儀のようだ。店主さんも編集に参加されているという金沢のミニコミ誌と、まだ買っていない和田誠さんの『お楽しみはこれからだ Part6』をパラパラとめくる。

本棚に、宮脇俊三著、長新太装丁の『終着駅は始発駅』があったのでうれしくなって手に取った。それをきっかけに帳場のダンナさんとおしゃべり。「鉄子ですか?」と訊かれたので、そんな、めっそうもないです、おこがましい、でも、今朝の大糸線に乗ってきたんですと答えると、なんと、ダンナさまは大糸線に関わる鉄道マンだったのです! わあ、なんというめぐり合わせ!

糸魚川駅にあったレンガの車庫。かわいらしかったので思わず写真を撮っていたのだけど、その建物も、そのうちに壊されるのだという。そんな話。

国鉄時代の様子や、JR西日本の路線にまつわるお話や、基本的に社内資料である「線路図」を見せていただいたり(一般的な路線図とはちがい、線路がどこで複線になっているか、どの駅に回避路があるか、ホームのどちら側に線路が配置されているかなどが、すべて線で表わされている図面、シンプルでありながらとても精密で美しい)、北欧に鉄道旅行に出かけたときの鉄道写真を見せていただいたり、グーンと濃い鉄道トークをしていただく。十月には、昨年にひきつづいてカフェ二階のギャラリーで開催される「鉄道展」もあるそうです。昨年のカタログを見せていただいたのですが、写真もきれいでとてもかわいかった! おまけに屋根裏部屋のひみつも教えていただいたりして、なにからなにまでごちそうさまでした!

靴を脱いで上がるせいなのか、お家にあそびにきたような雰囲気のお店。カフェママの自家製ジンジャーエールも、生姜の味が強くておいしかった。なんだか、札幌でキコキコ商店さんにはじめて出会ったときの感動に近いよろこびがありました。そんなわけで思いのほか長居して、おしゃべりに後ろ髪をひかれつつ外に出ると、夕暮れの主計町はぐっと趣を増していた。




いったんホテルに戻ってから、出張、机のお仕事をいくつかこなし、すっかり夜になっておなかが鳴った。夕方に通った木倉町通りにある「大衆割烹大関」の細長いカウンタにひとり座って、瓶ビールと、バイ貝と焼きとうふのおでんをいただく。目の前でクツクツと煮えているおでん鍋からは、やわらかいおだしのにおい。テレビから流れる陸上大会のダイジェストを眺めているわたしは、風呂上りの濡れた髪のまま、徐々に赤ら顔になっていく。自分が遠くの町にいるのか、近所のおでん屋で晩酌をしているのか、よくわからないふしぎな宙ぶらりんな感じがした。散歩の延長でここまできてしまった、町の名前や景色がかわっても、自分はかわらないものだなあ、というあたり前の納得をしながら、すっかり赤ら顔になったところで、歩いてホテルまで帰る。とても長い散歩の一日。


【ミスハタリの北陸旅 2007】
1 出発 2 白馬と大糸線 3 金沢前篇 4 金沢後編 5 のと鉄道と和倉温泉 6 飛騨路へ