ミスハタリの秋田旅 3 キュートな秋田内陸縦貫鉄道

くもり空の午前九時、鷹ノ巣駅前で朝食ハンティング。強い風が吹く商店街は誰ひとり歩いていなくてややさみしげだったけれど、以前テレビで見た「のーそん」を発見。お店の中は百円ショップと地場野菜の販売がくっ付いた地元のなんでも屋さんといった様子。焼きたての大きなバターロールがおいしい。

 
 

JR鷹ノ巣駅のすぐ横に三角屋根で木造の秋田内陸縦貫鉄道鷹巣駅舎がある。JR線の一番ホームの向かい側が秋田内陸縦貫鉄道のホーム。秋田内陸縦貫鉄道鷹巣から角館までの94.2kmを縦に結ぶ路線で、互いに盲腸線だった国鉄阿仁合線と国鉄角館線を結びつけた第三セクターのローカル線だ。宮脇俊三さんの本でも読んだことがあった。最終的には角館まで完乗するのだけれども(鷹巣→角館の乗車券は1,620円)、時刻表を見るとほとんどの列車は阿仁合駅止まりなので、阿仁合駅で途中下車でもしてみようかなあ、だったらホリデーフリーきっぷ(2,000円)のほうがお得なのかなあ、と迷っていたら、窓口の駅員さんが豊かな秋田弁で「どこまで? 角館? 阿仁合で降りるの?」と尋ねてくれた。迷っている旨を伝えると、「大丈夫大丈夫、途中下車していいから、それなら角館まで買った方が安いよ」と笑った。なんてゆるいんだ! わたしは一気に秋田内陸縦貫鉄道が好きになった。窓口ではストラップやキーホルダー、マウスパッドなどの秋田内陸縦貫鉄道オリジナル商品を販売していて、狙っていた「使用済乗車券セット(100円)」は現在販売中止だったので、「秋田内陸線先行開業記念切符(100円)」を買った。昭和六十一年十一月一日という日付入りのもの。桜やマタギのイラストがキュートだ。秋田弁を操るナイスミドルな駅員さんがくれた「鷹巣→角館」の切符はなんと硬券だった。鋏も入ってる。うれしいな。

ホームでわたしを待っていた鈍行列車は、赤いカワイコちゃんだった!

 
 

この鈍行列車は一両のディーゼルカーでちょっと古めのセミクロスシート(ボックス席とロングシートが同居しているやつ)。駅の待合室には五人オバチャンがいたのに、乗ってきたのはなぜか一人のオバチャンだけだった。バターロールをむしゃむしゃと食べていると、次の西鷹巣駅で二人オバチャンが増えた。オバチャンたちはロングシートにゆうゆうと座って楽しそうなおしゃべりをしているが、耳をすまさずとも聴こえてくるのは秋田の言葉で、何を話しているのかよそ者にはよくわからない。

 

旅に出るときはたいていこのジャック・ルコーの鞄ときめている。オール本革なのでひじょうに重たいけれど、齢三十のお転婆娘としてはいくら便利であってもリュックや肩掛け鞄は卒業したいお年頃なのヨ。鉄道旅にもオシャレを! 「キュートな列車にはキュートないでたちで臨め」、それがハタリの信条です。先に紹介した硬券と記念切符セットをながめてはニヤニヤ、うれしいな。

走る列車の前方に見えるのは、急行「もりよし」の名の由来にもなっている森吉山。くもり空の車窓に咲きはじめの桜がピンク色を添えていた。北国の春は、枯草やさみしげな冬の名残と重なってやってくる。雪の少ない太平洋側がある日とつぜんパーッと様変わりをするのに対して、北国では冬から春に移り変わる時季がちゃんとある。春は重たい雪があってこそやってくるもの、という厳しさと逞しさ。それは北国で育ったひとなら肌で感じることだろう。いたるところにポコポコと伸びたふきのとうや、ミズバショウの群生が見られるのもうれしい。この「なにげなさ」がどんなに素晴らしいことか。

途中でウトウトしてしまい、はたと起きると前田南駅。にぎやかだったオバチャンたちは皆消えていた。列車はわたしとひとりのおじさんだけを乗せて走る。この列車の終着、阿仁合の駅で降りようとしたら、なぜか運転手交代。「お客さん、どこまで?」「えっ、角館です」「この列車、快速になって角館まで行くのでそのまま乗っていてください」。えーっ? でっ、でも、この列車が快速になるなんて時刻表には乗っていませんよね? ええっ、阿仁合駅の食堂「こぐま亭」にも寄りたかったのに。阿仁合駅を出て、急に足早になった快速列車はわたし(とおじさん)を乗せて走り出す。

キュートな秋田内陸縦貫鉄道。わたしが乗った赤い列車8800系のほか、すれちがったり阿仁合駅に停車していた鈍行列車や急行もりよしなど、どれを見てもかわいい。宴会のできるお座敷列車もあるそうです。

 
 
 
 
 

乗ってみてわかったのは、阿仁合駅を出てからが車窓がさらに豊かになるということ。ローカル線の本領発揮。しばらく阿仁川に沿って走る。堤防もない、まったく手を加えていない川の景色。笑内(おかしない、と読みます)駅をすぎると名残り雪が見えた。比立内駅から松葉駅のあいだが長く開通しなかった区間だというが、その理由がわかるような車窓の豊かさ。阿仁マタギ駅というすごい名前の駅を過ぎると、開通へ至る厳しさを物語る、十二段峠を貫く「十二段トンネル」に入る。トンネルに入る直前には運転手がアナウンス。この路線唯一のトンネル群でとても長い。大小六つのトンネルが六分間ほどつづいた。

 

萱草駅〜笑内駅のあいだにある大又川橋梁や、 阿仁マタギ駅〜奥阿仁駅に架かる赤い鉄橋、田園風景と列車、枝垂れ桜、ひまわり、コスモス、そして銀色の雪景色。ウェブサイトのギャラリーにはカレンダーにしたくなるようなすばらしい写真が掲載されています(→こちら)。

存続の危機がうわさされる秋田内陸縦貫鉄道。たしかにわたしが乗った朝の列車も乗客は少なかった。かつて土地のひとびとに強く望まれていた路線が、過疎化と自家用車の普及によってさみしい思いをしているということ、それは逃れられない現実なのだろう。でもこんなにキュートで豊かな車窓を持つ路線がいつかなくなるとしたら惜しいなあと旅人は思う。秋田内陸縦貫鉄道のウェブサイトを見ると存続のためにがんばっている方々の姿が見えてくる。割引乗車券の多さ、自家用車の回送などのサービス、今回は会えなかったけれど秋田弁で観光案内をするというあきたこまちな女性車掌、「サンタ列車」などの企画列車やイベントの多さ、オリジナル商品の開発はプリンにまで至る。応援したいなあ。なにより、車両がかわいかったもんなあ。

だからね、秋田に行くなら「秋田内陸縦貫鉄道」を忘れないでね。


【秋田内陸縦貫鉄道】


【ミスハタリの秋田旅 20080418-22】
1 上野駅13番ホーム 2 「あけぼの」の青い夜 3 キュートな秋田内陸縦貫鉄道 4 五能線センチメンタル 5 男鹿なまはげライン 6 山荘「駒ヶ岳温泉」 7 青空と桜、田沢湖と角館 8 角館「田町武家屋敷ホテル」と桜旅終章