ミスハタリの秋田旅 4 五能線センチメンタル

マタギが暮らす山の世界、カタクリミズバショウフキノトウの旅を終えてたどりついたのは角館。武家屋敷や川沿いの桜散歩は明後日のたのしみに残しておいて、角館駅からはこの旅最初の「こまち」タイム。盛岡駅秋田駅を走る秋田新幹線こまちは乙女チックな新幹線だ。ピンクとグレーのカラーリングは柔らかで、流線型のボディも色っぽい。在来線鈍行と同じ路線(もちろん単線)を譲り合って走るというのも控えめでほほえましくて好き。上下線のこまち同士が待ち合わせ停車をしたり、山中では新幹線とは思えないほどのんびりと走ったりするのも好き。新幹線というより特急列車みたい。

 

「秋田・大館フリーきっぷ」を持っていれば、盛岡駅秋田駅のこまちにだって乗り放題。こまちは全席指定で自由席がない新幹線だけど、通常の指定席券よりだんぜんお得な「特定(立席)特急券」というものがある。「空いている席には座っていていいよ、だけど、その席の指定券を持っているひとが来たらどいてね」というもの。寝台車の「ヒルネ」もその類だ。指定特急券しかなければしかたなしにそれを買うだろうに、なんだかちょっと親切よね。JR側の経済的なメリットはなんだろうとしばらく考えていたのだけど、よくわからず、けっきょくJR東日本秋田支社のひとたちの「人のよさ」ということにして納得した。

大館駅で進行方向が変わる。釧路駅でも見た黒い貨車「ホッパ車」のホキ800系を発見。貨車の世界は客車以上によくわからないけれど、働く列車はかっこいいなあ。鉄道と関係ないけれど築地市場を走るターレットも好き。

奥羽本線五能線も朝からの強風ですっかりダイヤが乱れていた。秋田駅ですぐに乗り継ぐ予定だった「リゾートしらかみ5号」も車両の到着が大幅に遅れているという。五能線の海沿いは「リゾートしらかみ」と鈍行列車が互いに線路を譲り合う単線なのでしようがない。あわてて駆け込んできた「リゾートしらかみ5号」は、青いカラーの「青池」編成。


 

この「青池」は五年前(!)の晩夏、日本海沿いに北海道まで旅をしたときに乗ったことがある(→2003年晩夏の東北旅)。東京は残暑厳しい九月初旬も北国ではすでに秋が訪れていて、空はよく晴れていて、列車は空いていて、ちょうど正午にかかる五能線の窓から眺める日本海の波間は眩しかった。十二湖駅で下車して青池散策や一時間以上の山下りをし、ウェスパ椿山駅で下車して深浦の波打ち際の露天風呂「黄金崎不老ふ死温泉」の湯に浸かり、千畳敷駅では波打ち際で遊んだ。五能線の前には秘湯の日景温泉に泊まり、五能線の後には函館行きのフェリーで雑魚寝したひとり旅。あのときからずいぶんと時間が過ぎた気がするし、そのあいだにいろいろなことがあり、いろいろな列車に乗り、いろいろな恋をしたけれど、わたしはいま、また「リゾートしらかみ」に乗っている。今日も「リゾートしらかみ」の「青池」は清々しい顔をしていた。

車内清掃を終えた列車は予定より五十分遅れの午後三時に秋田駅を出発。秋田駅から東能代駅までの奥羽本線は「リゾートしらかみ」の序章だ。ごはんを食べたり、時刻表を眺めたり、車内を探検したり。もちろん今回も二号車のボックス席を指定したのでウキウキなのだ。「リゾートしらかみ」のボックス席は四名用の半個室になっている。さっそく座席をフラットシートにして寝転がる。今回もやっぱり空いているのでひとり占めなのだ。

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リゾートしらかみ」は「乗り鉄」と呼ばれるひとたちにとっては夢のような列車だと思う。海岸線ぎりぎりを走り続ける豊かな車窓はもちろん、車内の設備が充実したイベント列車だ。三両編成のこじんまりとした列車ながら、展望ラウンジがあったり、半個室ボックス席があったり、車内で津軽三味線の演奏が行なわれたりもする(ない日もある)。車掌による観光アナウンスも手馴れたものだ。改めて乗ってみると、ほんとうにたのしい列車なのだ。

能代駅を出てしばらくすると、左手に日本海が見えてくるというアナウンス。これから約八十キロに渡り日本海沿いを走っていく。今回の五能線ツアーの目的は、下車して観光や散策や入浴をするわけではなく、秋田駅を出た下り「五号」と秋田駅へ向かう上り「六号」が交差する鯵ヶ沢駅で乗り換えて秋田まで折り返すという、七時間強に渡るひたすら乗車を楽しむことなのだ。しかも時刻表によると五号と六号はちょうど日本海のサンセットタイムにかかっている。が、このダイヤの乱れのためにどうなることやら。車掌をつかまえて尋ねたところ、列車は遅れているけれども上りと下りが交差する乗り換え可能な駅は鯵ヶ沢駅で間違いないという確認ができたので、鯵ヶ沢までのんきに乗り続けることにする。

 
 

あきた白神駅では山の斜面にたくさんの桜。遠目に見るともう盛りを迎えているようだ。濃淡さまざまなピンクがきれいだ。次の岩館駅で列車の待ち合わせのために長く停車で足止め。単線なので上り列車が駅に着いてくれないとその先の線路には進めないのだ。ホームに降りて三十分近くのんびりすごす。

大間越駅を過ぎたあたりは荒々しい岩場がつづく。列車は「絶景です!」とばかりに速度を落とす。大きな窓いっぱいに海が広がる。次の松神駅のあたりは一変して穏やかな砂浜。十二湖駅、ウェスパ椿山駅、深浦駅を過ぎると夕暮れが近づいた。ただひたすら窓の外を眺めていた。すっかり乗客が少なくなってきて車内は静かだ。千畳敷駅の手前、大戸瀬でオレンジ色の夕陽が消えた。一連の空の移り変わりは、予想していたよりもずっと強く美しかった。



けっきょく鯵ヶ沢駅には時刻表より一時間半以上遅れて、すっかり暗くなった十九時すぎに着いた。下車して跨線橋を急いで渡り、向かい側に停まっていた「リゾートしらかみ六号」に乗り換え。こちらは五年前には生まれていなかった「くまげら」編成。五能線沿線の夕陽をイメージした車両で、テーマカラーは赤だ。乗り込んでみると車内にはほとんどひとが乗っていない。ボックス席の半個室をひとり占めどころか、二号車全体をひとり占めなのだ。フラットシートにごろんと寝転がっていても、通路を何度も往復していく売り子の声しか耳に届かない。窓の外は真っ暗で眺めていても面白くなくなってしまった。本を読み(宮脇俊三さんの『時刻表ひとり旅』とかね)、うたた寝し、長い時間を過ごす。遅れを取り戻そうとしているのか、かなり速く走っているように感じられた。

秋田駅に午後十時過ぎに到着。「寝台特急あけぼの(→鷹ノ巣)」、「秋田内陸縦断鉄道(鷹巣→角館)」「秋田新幹線こまち(角館→秋田)」「リゾートしらかみ(秋田→鯵ヶ沢→秋田)」と乗りつづけた長い一日でした。

 



【ミスハタリの秋田旅 20080418-22】
1 上野駅13番ホーム 2 「あけぼの」の青い夜 3 キュートな秋田内陸縦貫鉄道 4 五能線センチメンタル 5 男鹿なまはげライン 6 山荘「駒ヶ岳温泉」 7 青空と桜、田沢湖と角館 8 角館「田町武家屋敷ホテル」と桜旅終章