ミスハタリ 水の旅 3 添い遂げゆく水、高山本線

郡上八幡から美濃太田に戻り、高山本線に乗り換え。今日中に富山に着けばよしとするなら、このまま「青春18きっぷ 鈍行の旅」をつづけるのだけれども、今回の旅路の目玉は、昨年九月まで不通だった「角川駅〜猪谷駅」の区間で、ぜひともここは暗くなる前に走りたい。夕暮れまでに猪谷駅にたどり着くにはワープが必要と、手元の時刻表がささやく。

ええい、金ならあるんだ、お小遣い程度だがな! ここで青春の旅は一時休止、15:28、美濃太田駅から高山駅まで「特急ワイドビューひだ」に乗る。高山に向かう進行方向の右手に飛水峡(下麻生駅〜白川口駅)が、左手に中山七里(飛騨金山駅下呂駅)が見える。ほぼずっと、飛騨川と高山本線が寄り添っている。どちら側の席に座るか迷ったけれど、中山七里をとって左側の窓際の席に座った。緩やかだったり険しかったり、さまざまな表情をした白い岩場と、西に傾きかけた太陽が照らす水面がきれい。『中山七里』といえば、雷蔵の股旅ね。→池広一夫『中山七里』(1962)

17:08高山駅到着。富山行きの前方車両と、高山止まりの後方車両の切り離しを見物。

乗り換え待ちのため、高山にて小一時間の空白。前回もそうだったけれど、今回も早歩きの散策。

17:50、高山駅出発。旅情には多少欠けるも、誠実な働き者といった容姿の「キハ48」で出発だい。

 
 

高山駅を出て、のんびりと進む高山本線高山本線に乗るのはまだ二度目で、しかもどちらも夏なので一概にはいえないのだけれども、先の飛水峡や中山七里よりも、高山以東の、山と川と生活、といった風情のほうがだんぜんすきだ。高山駅を出てしばらく川がすぐそばに寄ってくる。宮川だ。窓にぴたりと額をつけてななめ前を見ると、穏やかな光になった夕陽が雲を照らしていてとてもきれいだ。車内に蛍光灯がついた。ここから真っ暗な夜になるまで、景色はすり足で姿を変える。まばたきをするのも惜しい。列車は今日の終わりの夕陽に向かってのんびりと走る。急ぐ理由なんてどこにもないのだ。

すこし川が離れたと思ったら、杉崎駅そばでは水路がぴったりと線路に寄り添う。生活と水。畑が青い。真夏のコスモスが列車が起こす風に揺れていた。そして飛騨細江駅。運良く特急の通過待ちで五分停車した。この次がいよいよ角川だ。こころがおどる。この高揚感をぞんぶんに味わえるのが、ひとり旅の醍醐味だ。18:19飛騨細江駅出発。足元に勾配を感じる。じょじょにトンネルが増える。川を渡り、山の中に入っていく。角川駅が近づいてくるにつれ、次第に暗くなり、湿度が目に映るような錯覚がする。この感じは、きっと先を追い越していった特急では感じられないはずだ。

角川駅に到着。昨年、代行バスでやってきてここのホームに立ったとき、蝉が鳴く午後の暑さのなかで、夏の終わりをはっきりを感じた(→☆)。山に囲まれ、蝉の泣き声や、同じく列車を待つ客の話し声がしていたにも関わらず、片いっぽうの線路の先はとても静かだった。二〇〇四年の台風被災以降三年ちかく不通だった、角川の先。あと数日で開通というタイミングだった昨年、その線路は目覚めを待っていた。窓越しにホームを見ると、一度しか訪れたことしかない駅だというのに、なぜかひどくなつかしく、胸がぎゅっと茶巾のようにしぼられた気がした。旅というのは、じつに身勝手で、センチメンタルなものであることよ。列車が動き出す。二両編成の後ろ車両にはわたしのほかに誰も乗っていない。角川駅を出ると、ここから線路は坂上、打保、杉原と宮川に沿ってつづいていく。増水して氾濫したという宮川はいまは穏やかな表情でまどろんでいる。幅広い川はまるで湖のように見える。そこにあるがままの姿で残されている宮川。ここにきて水面がきゅうに青くなる。ふしぎだけれども、ほんとうだ。目を離せなくなる車窓というのがあるのだなと、改めて夢中になる。ふつう、川沿いの線路や道路を走っていると、川が線路や道路に沿っている印象を受けるのだけれども、ここはまったくちがう。宮川を取りかこむようにして、すぐ際を線路や道路が一所懸命に走り、ときどき渡る。まるでふくよかな菩薩さまがねそべるまわりを、ヨイショ、ヨイショとめぐっているような感じなのだ。止まっているようにも見える川面に、切り出しの崖が接し、森の影が映っている。すっかり山深く、線路の左右から山が覆いかぶさってくるようだ。緑のすり鉢のなかにいるみたい。

列車は時間通り、18:57に猪谷駅に着いた。



【ミスハタリ 水の旅 20080802-03】
0 水と緑と鉄道とわさびの幸福(ダイジェスト) 1 かなわぬ夢、越美南線(長良川鉄道) 2 郡上八幡、河童の飛躍 3 添い遂げゆく水、高山本線 4 猪谷駅の宝物 5 富山「オークスカナルパークホテル」 6 大糸線の恋 7 白馬「倉下の湯」再訪 8 穂高安曇野わさびの風