ミスハタリ 水の旅 4 猪谷駅の夕暮れ

猪谷駅はJR東海JR西日本の境界駅。到着した列車から降りたひとは十人もいない、ほぼ旅人のようだ。富山行きの列車が出発するまで二十分ほどあるので、駅前の道を下って神通川のそばまで歩く。猪谷駅の手前で県境を迎え、分水嶺を過ぎた川は神通川と名を変えて流れている。赤い欄干にもたれてみるも、もう夜の闇が辺りの八割を占めている。午後七時、駅前の商店も店じまいの時間だ。「飛越連携 神岡鉄道再開 JR猪谷駅接続!」と書かれたオレンジ色のチラシがほとんどすべての家の壁に貼られている。復活は困難という見通しだというレポートがある。でもね、また走ることになったときには、わたし、ぜったいに乗りに来るから。この辺りの政治が好転して、線路がふたたび目覚めますように、と、駅前の静かな坂道を登りながら、願う。

猪谷駅で列車を待つあいだにすばらしい宝物を見た。旅の神様は、ときどきこんなサプライズを起こす。どんな旅にもいやな出来ごとや厄介はつきもので、そういう無粋なものに水を差されることがあっても、こうして、ぜったいに旅とはプラスになるものだとわたしは信じる。


ここまで旅人を運んできた列車はもう灯りを消し、ホームで眠ってしまった。その先に停まっている富山行きの列車がブルブルと震えている。19:29、猪谷駅出発。そのころにはもうすっかり真っ暗になり、おわら風の盆で有名な越中八尾駅前で盆踊りのにぎやかな様子を見たこと以外は、実に面白みのない夜の移動となったので、わたしは夕暮れの宮川沿いの景色と、猪谷駅の夕暮れを何度も思い返し、ひとり占めしたこの景色を教えてあげたい友人たちのことを考えながら、こんな幸福にめぐまれるわたしは、財布は情けないくらいに貧乏だけど感情はじつにぜいたくだ、と、旅の神様に何度も礼を言ったのでした。

【【ミスハタリ 水の旅 20080802-03】
0 水と緑と鉄道とわさびの幸福(ダイジェスト) 1 かなわぬ夢、越美南線(長良川鉄道) 2 郡上八幡、河童の飛躍 3 添い遂げゆく水、高山本線 4 猪谷駅の宝物 5 富山「オークスカナルパークホテル」 6 大糸線の恋 7 白馬「倉下の湯」再訪 8 穂高安曇野わさびの風