八月札幌夏仕舞 3 函館本線「山線」昆布駅

十八まで札幌で育ったわたしの生まれは、「札幌市」ではなく「倶知安町」という町だ。北海道が誇る立派な山のひとつ羊蹄山の麓、名産はジャガイモという、ひじょうにのどかな「ザ・北海道」が広がるエリアだ。その頃は母の実家が羊蹄山の麓にあり、里帰り中にポコンと生まれ出でたのがたまたま倶知安町立病院だったというだけの話で、その後はずっと札幌市内で育ってきたのだけれども、こころの拠りどころはいつだって羊蹄山の見事な裾拡がりの稜線と真狩村の緑広がる風景だった。春夏秋冬限らず、父親がよく車で羊蹄山麓まで連れていってくれたので、この土地のジャガイモと清水と温泉と冬のスキーには馴染みがあった。

 

倶知安(くっちゃん)って、「Kutchan」になるんだ。「t」が入るのか。となりの「比羅夫」駅は無人駅ながら駅事務所が民宿になっていて(→「駅の宿ひらふ」)、ふとんで寝泊りも、ホームでバーベキューを楽しむこともできるらしい。いつか泊まってみたい。

二〇〇三年のこと、同じく八月の終わりに、東京から「ムーンライトえちご」と鈍行を乗り継いで北海道に来たことがある(→)。青森から船に乗り、函館を過ぎ、長万部駅の分かれ道で、わたしはなにげなく「函館本線」を選んだ。海沿いの「室蘭本線」なら特急列車が走っていて札幌までは数時間で着く。しかし、手元にあったのが「青春18きっぷ」だったこともあり、函館本線の列車を待った。そして長万部駅でホームにやってきた列車を見てぎょっとした。いまのこの時代(二〇〇三年)に、メジャー感あふれる「本線」なのに、たった一両の気動車がポコポコ走っているなんて! これこそが、長万部駅小樽駅間を非電化で結ぶ、通称「山線」と呼ばれる、「函館本線」だ。そのときの感動ったらなかった。離れた駅間を走る一両の列車、トンネルを抜けてパッと視界が開けると、そこには雄大羊蹄山があった。すばらしかった。それからどんなにつらく苦しいことがあっても、あの山の姿を思いだせば、踏んばることができた。子どものころにあの羊蹄山に登ったことがあるというのも、ひとつの誇りになっていたのだと思う。まあ、勝手なふるさと自慢に鼻息を荒くしてしまうほどに、立派な羊蹄山が見られた「山線」の旅だった。

今回の里帰りは東京〜札幌の直行直帰だけれども、やっぱり北海道に来たからには、ひとつ列車に乗っておきたい。ふらふらと本屋で買ってしまった「道内時刻表」。路線図を見ながらレールをなぞる。始発で家を出ても、タイムリミットは午後七時。北海道は広すぎる! そして鉄道ダイヤはのんびりすぎる! 早朝から十二時間以上、列車に乗りつづけ、さらに特急ワープを少しだけ組み込めば「札幌→小樽→長万部東室蘭→札幌」という、羊蹄山洞爺湖をぐるりと囲んだコースで回ることはできる。しかし、やっぱり温泉にも入っておきたい。理想はニセコの秘湯だけれども、車がないといけないところにしか湧いていないのも承知の上。さて、どうしよう。ん、昆布? 「山線」のニセコを過ぎた先に「昆布駅」。山中でどこにも海はないのに、昆布。なんだそれ。しかも駅前に日帰り可能な温泉施設。よし、昆布駅で下車して温泉に入ってまた戻ってこよう。ナイスなタイムテーブルじゃない?

昆布の「ん」は「m」ですが、蘭越「ん」は「n」なのか。

しかし、おにぎり持参で、はりきって早朝六時前に出かけたのだけれども、小樽駅で乗り換えた一両の列車は、やっぱり味気ない容姿をしていて、車内はひどく混み合い、曇り空にかんじんの羊蹄山は見えず、昆布駅の近くには駅名以外に面白いものはなにひとつ見当たらず、線路に沿って建てられた町営の「幽泉閣」(しっかりした保養施設で、湯舟の種類も多いし、露天風呂もある)がいまいちわたしの気分には合わず、帰りの列車は不機嫌で小樽まで寝通してしまった。

列車はキハ150系のワンマンカー。函館本線は、札幌を出たあと小樽までは快速や「エアポート」もたくさん走っている電化区域だけれども、小樽を過ぎて非電化区域に入ると、きゅうに単線ローカルラインになる。

帰宅して、夕食の場で家族相手に「わたしのふるさと、羊蹄山」について熱く語っていたら、「羊蹄山麓の真狩にいたのなんて、産後の一、二ヶ月でしょ」とバッサリ斬られてしまった。で、でも、それでも、羊蹄山はわたしの原風景なのだ。また、近々、山線リベンジだってするもんね!


【ミスハタリの 八月札幌夏仕舞 2008/08/28-31】
1 序:おみやげと猫のこと 2 北の良心「キコキコ商店」 3 函館本線「山線」と昆布駅 4 小樽手宮「小樽市総合博物館」 5 札幌「モエレ沼公園」