新版ミスハタリの北陸旅 4 海と絶壁と二三味珈琲

朝食後に宇出津をあとにして、時間の許すかぎり能登ぐるりの旅に出ます。まずは赤崎でいちご狩り。

露地もののいちごがたった千円で食べ放題。ここの畑のおばあちゃんは、時間制限なんてセコイことは言いません。真っ赤ないちごをぞんぶんに頬張るしあわせ。ごちそうさまでした、ありがとう。甘い旅はつづきます。

海岸沿いを駆け足で通りすぎて珠洲へ。珠洲市役所そばの足湯に浸かりながら、お祭り用の巨大ハリボテを眺めて休憩。そうだ、能登の夏はキリコ祭りだ。冬の海鮮も魅力だけれども、この地方の祭りも見てみたい。まだ旅の最中なのにもう次に訪れる理由を探している。

どんどん進んで、能登半島の先っぽに広がる木の浦海岸へ。海岸沿いの車道をそれて、うねうねとした急な坂道をゆっくりと下ると、くもり空の下に岩だらけの海岸があらわれた。国定公園特別保護区だというのに、ほかに観光客はいなく、あたりはひっそりとしていた。砂浜を歩き、雨で濡れた草むらをさらに進み、無骨な岩場を用心しながら登る。

さまざまなかたちの岩がふくざつに入り組んだ木の浦の浅瀬、凪いだ海はとても静かで、まるで大きな湖のようだった。この季節の、このくもり空の下でしか見られない景色を眺める。数メートル下には淡水みたいに見える海が澄み、頭上には長い年月で削られた岩壁がそびえたっている。

その海辺に漂ってくるのはコーヒーの香り。この静かな海岸にある舟小屋で、「二三味珈琲」が朝早くから豆を焙煎しているのだ。

 
【二三味珈琲 shop 舟小屋】
石川県珠洲市折戸町木の浦ハ-99 電話:0768-86-2088
※こちらは販売のみのショップですが、珠洲市飯田に直営のカフェができたそうです(石川県珠洲市飯田町7-30-1)。


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飾り気のない舟小屋の引き戸を開けると、一気に珈琲の香りに囲まれる。こんにちは、と控えめに声をかけて、店のなかをそっと見渡す。麻袋、こげ茶色に煎られた豆が入った瓶、コーヒーグッズを陳列した木の棚、各地に送られる宅配便の袋やダンボール。小屋の奥では、黙々と焙煎している女性がふたり。きっとどちらかが店主の二三味さんなのだろう。きのうの朝、あうん堂さんのカフェママがいれてくれた「二三味ブレンド」の味を思い出す。六種類あるオリジナルブレンドのなかからふたつを選んだ(深煎りの「二三味ブレンド」は苦味しっかり後味はすっきりとした好みの味。中煎りの「いいなぎブレンド」はすこし酸味があるけれど味がしっかりしていて、酸味が苦手なわたしでもおいしく飲めました。注文はファックスやメールで受けて宅配便で発送してくれますが、この豆を買いに能登の先っぽまで行くのもいいなと思わせます)。袋詰めを待つあいだに、髪の先まですっかり珈琲の香りに染まっていた。どうしてこんなところで、とさいしょは想像していたけれども、訪れてみてわかったのは、ここだからということ。こうしていつも、朝の七時から焙煎しているのだという。控えめな声でありがとうと言って店を出たら、やっぱり目前の海は静かにそこにあった。

革の旅かばんに二三味の豆を詰めて、よりみちをして、この旅が終わる。家に帰ってかばんのチャックを開けたら、珈琲の香りがふわっと広がった。加賀棒茶といい、たのしかった旅の記憶が、鼻をくすぐり次の旅へといざないます。


【新版ミスハタリの北陸旅 2009/05/04-06】
1 大糸線カップルトゥギャザー 2 金沢〜居心地のよい町とすてきな大人たち 3 能登、くじらをめぐる冒険 4 海と絶壁と二三味珈琲