時刻表はフィンランドを目指す 『ハンネス、列車の旅』

五月の金沢(→ ☆旅日記を書きました)で、あうん堂のご主人ほんださんとやっぱり鉄道に関するおしゃべりをしていて、「この映画知ってます?」と見せていただいたDVD。『逃走特急 インターシティ・エキスプレス』? ドイツからフィンランドに向かって国際列車を乗り継いでいく映画だという。「鉄道映像たっぷり、フィンランドの町や風景も出てきます。なにより主人公が時刻表マニアなんですよ」。ここまで聞くと多少は思い出してもいいはずなのに、まったくこの『逃走特急』には覚えがない。このパッケージ、サスペンス? 「いや、たしかに追われるんですが、映画の核心はそこじゃなくて……とにかく、貸しましょう」(ほんださんは、北欧好きがこうじて、自費出版で『Mun helsinki!』というヘルシンキの町歩き地図を出版されています。実物を見せていただきましたが、相当かわいいです)。

逃走特急 インターシティ・エキスプレス [DVD]

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たしかに映画のあらすじはこんなかんじ。

「ドイツのドルトムントの町でビール配達員として暮らす独身男ハンネス。毎朝の日課は時刻表を見て、世界最速のルートを探すこと。そんな時刻表キチが目標とする「時刻表国際大会」がフィンランドのイナリという小さな町で行なわれることになり、もちろん彼は休暇をとって列車で北上する。が、殺人事件の容疑をかけられて追われる身に! 時刻表片手に最速ルートを割り出して彼を追いかける刑事。果たしてハンネスは無事に時刻表大会に出場できるのか?」

ただ、ジャケットで予想されるようなスリルとサスペンスの映画ではまったくないのだ。オープニングの「インスタントコーヒー→時刻表を追う鉛筆→目覚まし時計が六時半に鳴る→ハンネスの満足気な顔→出勤」というたびたびの反復は、この映画を貫くテンションの低さを予期させるし、登場人物の顔つきにだってドラマチックな期待はできない。自分が追われているとは気づかないハンネスの無邪気な鉄道好きぶりと、とちゅうから「よくわからないが自分は追われているらしい」とわかりつつも、恋をしたり横道にそれたりする実にのん気な様子は、暴力的なスピードには程遠い。むしろ、鉄道や列車旅行が好きなひとなら、わくわくするようなアングルや映像が多く盛り込まれていて、たとえば列車最後尾の大きな窓から流れ行く景色を子どもと並んで眺めるところとか、ドイツからスウェーデンに渡るところで列車ごとフェリーに積み込まれる様子や(ここいちばんの見どころじゃないかしら!)、食堂車やラウンジカーが健在であるところ、車両の切り離し、ハンブルグ駅の俯瞰、もちろん次々に乗り継がれていく国際列車/ローカル列車の数々も見ていて飽きない。鉄道に継ぐ鉄道アンド船旅、あっという間の約九十分。

しかし、映画はとちゅうからすこしおかしくなってくる。映画の枠のなかに、鉄道、男ひとり旅、のほかに、逃走劇、おかしな出会い、恋の予感など、盛りだくさんに詰め放題となってしまう。暗い中でくすっと笑えるのが、先日観たノルウェー映画『ホルテンさんのはじめての冒険』(七月発売予定のDVD特典映像で声の出演をしてきました。詳細はまた今度)しかり、北欧映画のおかしみであって、これはドイツ製作でありながらその雰囲気はクリアできているのだけれども、とちゅうでコンテンツが増えすぎて散漫になり、ヤケクソに放棄してしまうのがすこし残念。ただ、ラストの大会風景は鉄道にまるで興味のない人が見たら(いや興味があっても)ギャグだし、最初は任務を遂行し捜査を進めていく冷酷な刑事が、とちゅうから時刻表にはまり出して、「ハンネスより先に最速ルートを割り出してやる!」と、その機械のようなストイシズムが別の目的地へ脱線していくさまはコミカルでした。

で、けっきょくこの映画は何だったかというと、二〇〇〇年に劇場公開された『ハンネス、列車の旅』だったわけです。


ところで、そんなDVDを貸してくれたあうん堂さんを訪れたりした、五月の金沢&能登をめぐる旅「新版ミスハタリの北陸旅」。じょじょに旅日記のつづきを書きすすめています。今回はおしゃべりに夢中で、うっかりしていて写真が少なめです。

【新版ミスハタリの北陸旅】

【新版ミスハタリの北陸旅 2009/05/04-06】
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