渋さ知らズ沖縄旅 その4

市場で犬

二月二十八日、目が覚めると思いのほか肌寒く、実はまだ暦は二月末だったと思い出す。昨夜は海ぶどうやらイカの刺身やらステーキやらの皿とオリオンビール泡盛がござの上に並んで、お客さんや島の人々を交えて夜通し大盛り上がりだった様子。わたしは宴の最中に急にからだがガクンと眠りはじめてしまったので、こっそりと舞台の端っこに布団を敷いて、えんじ色のサイド幕の下で眠ってしまっていた。午前七時半、床のあちこちに転がるヨッパライと空き瓶や皿を跨ぎながら、朝の船便で那覇に戻る人たちが帰り支度をしていた。台所を覗くと横沢さんと舞踏家のたかこちゃんたちが昨夜の残りのイカを相手に格闘していたので、助太刀して一緒にたくさんのイカを切って炒める。洗い場の片付けをしてから、出来上がったゴハンをもりもりと食べ終えると午前九時。

交流館のロビーに併設されている資料館では、この地方独特の信仰儀礼の図版の数々が飾られていた。長いあいだ、ノロ祝女)、神人と呼ばれる女性たちが島の信仰を守り儀礼を司ってきたという。曲がりなりにも学生時代の専攻は民族学、人生儀礼儀礼信仰についての話を聞くと興奮する性質なので、ここに飾られた写真と説明にも夢中で見入ってしまったのではあるけれど、図書館の机の上で遠くの地に思いを馳せるのとはちがって、いままさにこの島、この場所で育まれてきた信仰であるという「現場感」に、よそ者のわたしはその距離感をどう保っていいのかよくわからなくなった。年月が過ぎ、外的な要素もあり、かつて日常の中に組み込まれてきた儀礼のいくつかは眠りについているらしいけれども、それでもこの島の信仰はこの土地に息づいている。その現場で「資料」を「勉強」するのはナンセンスだし、かといって好奇心だけで踏み込むのはひどく無礼なことのような気がする。いわゆるパワースポットに反応して自分の内部が目覚めるような潜在的な神秘はわたしにはないようだし、そういう神秘を内部に持つひとは「なにか感じる」なんてわざわざ知ったような言葉を口にする必要もなく、すでに自然と身体が反応していたようだ。太陽神崇拝と祖霊信仰の深いこの島には自然と共生してきた数々の聖地があるという。そのうえ、渋さ知らズが訪れる前日に、島の方が亡くなったために島は喪に服しているという。

そこで、「残念ながら内部に神秘は持ち得ないけれど神秘には惹かれる性質」のわたしは、フラットな状態で島を散歩することにした。ただ島の自然に触れられればそれで満足だ。海の音を聞き、太陽の光を浴びて、風に吹かれたい。島の地理もよくわからないまま散歩に出かけようとしたら、ちょうど舞踏家のシモさん、ダンサーのカエちゃん、ドラマーの藤掛さんの三人が戻ってきた。その自転車を借り、藤掛さんから譲ってもらった地図を見ながら自転車で散策スタート。喪に服しているので北に行ってはいけない(悪い神様に遭うかもしれない)という話を聞き、島の南半分をひとりでぐるりとまわることにした。

 

西側の井戸のあるあたりの海を眺め、細い道を横切って東側の海岸へ。空は穏やかで風も暖かい。ひとりでしばらく浜辺でぼーっとして、そういえばと不意に思い出し、昨日浜辺で拾ってカバンに入れてあった珊瑚を砂の上に戻した。すこし北のいしき浜に向かう道で、東洋さんとたかこさんと那覇から観に来てくれた男の子ふたりに会い、これ以上北には行かないほうがいいんだよね、ひとりで行っちゃだめだよと言い合って別れる。そしてしばらく自転車で走り、一時間ほどの散策はおしまい。実際のところは島の集落の端に建つ交流館が北限で、集落の外に出ること自体がよくなかったのだというのを後で知りました。

交流館で片付けをして荷物を運び出して船着場へ。水中にイラブーを見つけ、ワイワイ言いながらまた十五分間の船旅へ。島のみなさんに感謝しつつ、船尾で海と空を満喫。港で大所帯の大荷物を運び出してレンタカーに分乗。それから最後の那覇観光へ。国際通りに戻って、お土産を探したのちに公設市場の二階に上がるとやっぱりメンバーが数人ごはんを食べていた。しばしご一緒してアバサー(ハリセンボン)の唐揚などいただく。知った顔がどんどん集ってくるのでテーブルが狭くなったところで抜け出て、公設市場からどんどん奥へひとりで散歩。観光客向けとは違う独特の市場にまぎれこみ、迷い子ついでにしばらくウロウロ。そのうちもとの場所に戻れないような不安な気もちになってきたので、露店のオバちゃんに道を尋ねたら、なんてことない公設市場からたった二つ筋を外れただけのところにいたのだった。

那覇空港に全員集合し、心底困った事件もなく無事に帰られるねえと笑っていたら、知らぬ間に誰かがある荷物を海の中に落としていたことが発覚して大笑い。この通り、旅のいたることろでうかつな忘れ物や、ゆかいな事件や、笑い事で済ませられる程度の事故、ちょっと神秘的な出来事が多発していた模様。それでも万事めでたしで飛行機は飛び立ち、無事に沖縄旅は終わりました。沖縄で一緒に旅をしたみなさん、沖縄で出会ったみなさん、どうもありがとうございました。